第11章 東京ふたり暮らし・ver.羽有

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正直将来いつか誰かと付き合うとか結婚するとか、全然一つもイメージないけど。少なくとも越智とだけは今後も絶対まずないな。そういうのゼロだって確信があるからこそまあ、いいんだけど。これはこれで。 お風呂から上がっただりあを支えてロフトにあげて、とにかくここでしばらく寝転んでな、眠れなきゃぼうっとしてるだけでいいから。と言ったらすぐに寝息を立て始めた。 越智についてもさすがにそのまま車を運転させて帰すわけにいかない。ひとまず床で仮眠させて、数時間して目を覚ましたところで適当に軽く食事を摂らせてお礼を言って送り出した。 「帰ったら連絡する。また時間作って顔出すよ。何かあったら遠慮なくLINEして」 「うん。頼むわ。ほんと、いろいろありがとね」 わたしと越智は今回の件についてはどっちがどっちのために動いた、というわけでもないのだが。とりあえずだりあに代わってその日のこもごもについての感謝の気持ちは述べておく。 越智が出て行ってから、そういえば最初のきっかけは奥山くんの失踪についての話だったな。 この数日はとてもそれどころじゃなくて、すっかりその後どうなったか考えることもなかったけど。 本当は確か、だりあの噂を教えてくれた子が奥山くんの友達に伝手がある人だからそっちに訊いてみる。ってことだったんだよな。多分越智の頭からそんな成り行きはとっくにぶっ飛んでた可能性が高いけど、それでももしかしたら万が一新情報があったとしたらそれに越したことない。 一応あとで念のために尋ねておくか。っていうことと、その後パリの方では何か動きがあったのか、奥山くんのお母さんに一回報告がてら連絡入れて訊いてみた方がいいな。と脳味噌の代わりに真綿が詰まったみたいな気分で徒然に考えつつ、わたしはリビングの片隅に寄せてあった布団をそこに広げて自分の寝床を作り始めた。 その話になったのはしばらく後、わたしとだりあが何とか新しい生活に順応し始めて。ようやく少しずつ先のことを考えられるかな、って見通しが立ち始めた頃だった。 だりあは初めに言及した通り最初の一日二日はほとんど眠ったり起きたりで過ごした。 インターフォンが鳴っても、宅配だろうが何だろうが全然出なくていい。と言い渡してはあったけど、やっぱり一人で留守番させておくのは内心少し心配だった。だけどわたしも講義やバイトがあるし。 道場で稽古するのはやむなく数日休んだけれど、やっぱり外せない用事もある。がっちり戸締りしておいてはいてもしばらくの間は外にいるとき気が気じゃなかった。 越智も時間を作って様子を見に来てくれたけど、わたしがいない間一人でだりあを見ておくのはやっぱり遠慮したいみたいだ。男性絡みで怖い思いをしたばかりの女の子を怯えさせたら悪いって気持ちがあるようで、二人きりで過ごしても大丈夫になるまではまだ相当時間がかかりそうだった。 三日目になるとようやく少し元気が出てきたらしい。朝からきちんと起きてきて冷蔵庫の中のもので何か作ってくれようとしたり、大して散らかってもない部屋の中を甲斐甲斐しく片付け始めたのでそろそろ動くか。と考え、一緒に外に出て簡単な買い物などを済ませた。いくら何でもご飯を作る材料の買い置きがなさすぎる、と文句を言う彼女を一番近所にあるスーパーへと連れて行く。 「あと、わたしの服じゃサイズ的に身体に合わないだろうから。取り急ぎ通販ででも少し買い揃えた方がいいかも。ごめん、あのとき部屋に寄っていくらか身の周りのもの持ってきた方がよかったか。全部買い直しだと経済的にきついよね」 あとから考えると車で乗りつけて10分やそこら、簡単に最低限の荷物をまとめるくらいの余裕はあったような。 だけどそれもこうして東京まで追手がかからなかったって結果が出たからこそ言えることかもしれない。だりあは笑って首を横に振って否定した。 「いいの、考えてみたら。服やなんかに使うようにって彼から多めにお金渡されてて、わたし身の周りのものはほとんどそれで買ってたから。持って出たりしたらあとから全部返せって言われたかも。家賃も全部出してもらってた。…今考えると、それってほとんど愛人だよね、囲われ者って感じ。少なくとも彼氏彼女じゃないかも」 「うーん。…まあ、経済的な面で二人の間にそれだけゆとりの差があった。ってことだろうから」 追い討ちをかけるのも何なので微妙に言葉を濁す。それなりの規模の企業の後継者としてきっと経営とかにも参画してたんだろうし。年齢の割に報酬もかなりもらってるんだろうな。 そしたら、札びらで女の子を囲い込んで好きなだけ、思い通りにしようって感覚になるのか。…まあ、まともな常識がある人なら。お金があってもまずしないことだろうから、やっぱり単にそういうおかしな奴だった、としか。変に決めつけたら世間にたくさんいる企業の二代目三代目の御曹司の人たちに対して失礼になるよね。 「わたしたちくらいの年代だと、お給料に男女でそれほど差がないこともあるだろうから。それに較べちゃったらまあ対等の付き合いって感じじゃないかも。でも、本来収入が多い方が威張れるって感覚もそもそも、あんまいいとは思えないけどね。お金稼げればそれだけ人物が立派とかいうこと全然ないし」
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