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図らずも阪口陽の存在がそれを証明してしまってる。だりあはわたしの言外の意図を察してか、とぼとぼ歩きながらやや力なく笑った。
「うーん。まあ、彼だってお金いっぱい稼いでる分大変なこともいろいろあるだろうし。わたしがもらう分に引き合うほど彼をちゃんと支えられてたかは正直。…あ、でも」
またそんな卑屈なことを。ってわたしの内心の苛立ちを素早く察知して(さすが、長年母親の機嫌を伺いながら暮らしてきただけのことはある)だりあはさっと話を変えた。
「だからつまり、何が言いたいかっていうと。普段わたしほとんど自分のお給料使わないで済んでたから、それなりに蓄えあるんだよ。まあそれも、結局彼のおかげなんだけど。会社に就職できたのすらそもそもコネだったし…」
ずうぅん、と重い音が響いてきそうな暗い顔になった。わたしはよいしょ、とスーパーのビニール袋を持ち直してだりあの丸まった背中に発破をかける。
「そしたら、服や日用品を多少買い揃えるくらいの余裕はあるってことだね。じゃあもう置いてきたもののことは忘れて、全部こっちで揃え直そう。別にG◯とか◯まむらでいんでしょ?気合い入れたお洒落は仕事見つけて生活が軌道に乗ってからでいいよね」
彼女は首を起こして真剣な顔つきでぶんぶん、と横に振った。
「そりゃもう。…そもそも、お高めな服とかアクセサリーで飾り立てて可愛く見せるなんて。俺の彼女ならそれなりに見栄えに気を配れ、絶対に見っともない格好するなってめちゃくちゃ言われてたから一生懸命頑張ってただけで、自分がそういう風にしたかったわけじゃないもん。うゆちゃんみたいなカッコが好き、本当は。シンプルで身体に合ってて、姿がすっきりきれいに見える服」
「まあ。あんたは何着ても似合うよ、そもそも。特別お洒落する必要もないんじゃない?元がいいから」
やけに熱心におべんちゃらを言うのが面倒くさくて軽くいなして話をかわした。
わたしの場合、そもそも選ぶ服に褒められるほどのポリシーなんかない。サイズと値段と着心地の良さ、肌触りの好みしか考えてないし。期間限定セールとかのときにまとめ買いしてる。バイトは一応してるけどまだ親丸抱えの学生の身だからね。
思ったことをそのまま言っただけだが、だりあはそこでぽ、といちいち頬を染めた。
「別に、あたしなんか。…全然普通だよ。うゆちゃんの方がもっと…。それに、東京じゃ。みんなお洒落でセンスよくて、綺麗なひとばっかなんでしょ?」
わたしの方が何なんだよ。謙遜に付き合う気も失せて、軽くそんな台詞をいなしてさっさと話を終わらせた。
「東京だからどうってことないと思う。結構みんなごく普通の格好だよ。下手したら地方より緩いかも、場所によるけど。渋谷とか銀座は知らんけどこの辺とか大学の近くは地方の市街地よりむしろ気合いが抜けてる気がする。なんか、みんな思ったより気張ってないんだよね。想像と違って」
「ふぅん、そうかな。…そんなもの?」
まだわたしの部屋とスーパーを往復しただけのだりあは実感が湧かないようで、釈然としない顔つきで首を傾げていた。
そんな風にじわじわと、探り探り日常のリズムを作って身体と心の調子を整えて行こう。もう少し様子を見て、どうやらこれ以上地元の方から何も言ってこないで何とかこのまま終わりそうなら。東京でだりあが何をするか、どうやってこれから生きていくのか。落ち着いて焦らずに、順を追って考えながら決めていけばいい。
そう言いつつまだ完全に気を緩めることもできず、用心深く過ごしていた。
こっちへだりあが来てからまだ日の浅い、そんなある日のこと。越智の口からすっかり忘れていたその名前が久々に飛び出してきた。
「そういえばさ。玉川…、こないだ俺が向こうで会ったやつ。そいつから奥山の件について昨日改めて連絡があったよ」
「え、何。奥山くんどうかしたの?今地元に帰ってるとか?」
時間のあるときはなるべく様子見に来る、と言っていた通り。あれから越智はちょくちょくうちに顔を出すようになった。
必ず事前にLINEでお伺いを立ててきて、わたしが在宅してないときには寄らないように気をつけてるみたいだけど。夕飯どきに都合を合わせてみんなで一緒にだりあが作った料理を食べたりして、何となくお互いの存在に慣れて距離が縮まってきてた頃合いだったから。だりあは遠慮なくいきいきと目を輝かせてすぐさまその名前に食いついてきた。
その反応を見て越智はやっぱりね、みたいな複雑な色を目の辺りに一瞬滲ませた。そういえばだりあは大昔、中学時代には奥山くん奥山くんってきゃーきゃーアイドルの追っかけみたいに大っぴらに騒いでたんだっけ。そりゃ、憧れの子の初恋の相手だったと思い出せば。そんな微妙な顔つきにもなるよなぁ。
だけどこいつの偉いとこは、複雑な思いを抱きつつもそれを表に出さずに押し込めてきっちりフレンドリーに振る舞える器用さだ。奥山くんに対して思うところがあるとは感じさせない明朗な表情で、越智は面倒がりもせず親切な口調で彼女に説明した。
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