第11章 東京ふたり暮らし・ver.羽有

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「いや、それだったら全然問題ないんだけどね。あいつ今海外留学してるのは知ってる?パリなんだけど。そこから急にいなくなっちゃったんだ。もう10日くらいになるかな」 正確には二週間だ。昨日LINEの通話で奥山くんのお母さんと話したばかりのわたしは正確に把握していたが、別にその辺はざっくりでもいいだろう。と判断して黙っていた。 「え。…それって大変なことじゃないの。捜索願いとか出してるの?」 思ったより深刻そうな話と受け止めたのか、懐かしさで輝いてただりあの顔色が変わった。それ以上心配させるのも気の毒なので、少しでもフォローになればと横から口を挟む。 「向こうでのその辺の手続きは留学のコーディネイターがサポートしてくれてるらしいよ。でも事件ではなさそうって警察が判断したら、人員を割いて捜査とか大規模な捜索とかまではあえてしてくれないんだって。それは日本と同じだよね」 成人が自分の意思で家出したら捜査や捜索の対象にはならないので、たまたま警察のお世話になるとか職質に引っかかるとかない限り見つかるのは難しい。彼がいきなり何のメッセージもなく、周囲に心当たりもないのに突然消息を絶ったんだったら。異国の地で不慮の事故に巻き込まれたんじゃ…となって本格的な捜索が始まったかもしれなかったんだけど。 「結局、姿を消して五日後くらいにしばらく自由にさせてください。無事に元気でいますから探さないで大丈夫ってメールがお母さんに届いたらしい。だからどうやら本人の意思で姿を隠したって判断されて、事故とか事件に図らずも巻き込まれた線はだいぶ薄くなってはいるんだけどね。EU間だとパスポート必要ないから、傷心旅行にでも出て今は既にフランスから周辺のどこかの国に移ったんじゃ。とは言われたみたいだけど。パリの留学先の周辺では特に目撃情報もなくて」 「もう近辺にいない確率が高いってことか。気分転換にふらっといろんなとこ回って見てるのかな。なんかだいぶピアノには行き詰まってたみたいだし」 「そうなの?」 考え込む様子で腕を組んで呟く越智。だりあが心配そうに訊き返す。わたしもその話は初耳なので、じっと越智の台詞の先を待った。 「あいつの行方の手がかりには大してならないかもなんだけど。一カ月くらい前に偶然連絡を取ってたって奴が見つかったんだよ。中学の同窓会を計画してる幹事の子がちょうどみんなの予定を確認してたらしくて」 わたしのとこにはそういう話は来てないし、だりあも明らかに初耳の様子だ。つまり同じ中学でも、それは三年のときの隣のクラスの中でのことだな。うちの組ではきっと同窓会やろうか、とか盛り上がって幹事を引き受けようなんて酔狂な人間は出なかったんだろう。少なくとも今年の夏は。 「奥山は海外にいるんじゃ参加無理かもだけど、一応声かけてみた方がいいか。たまたま帰国するタイミングに合う可能性もあるし、って考えたらしい。向こうだって夏はバカンスシーズンだし、学校は休みなんじゃないかと思って念のため連絡を入れてみたらしいんだよね」 LINEを送ると思ってたより早く返信が来た。懐かしそうにこっちのみんなの様子をいろいろ尋ねたあと、今のところそっちに帰る予定は特にないんだ。と伝えてきたあとにふと調子が変わってぽつりと短く付け加えたらしい。 『ここにこれ以上いてもあんま意味なさそうだけど。かといって、止めるのもなかなか難しいよね』 えー何でパリにピアノで留学とかめっちゃカッコいいじゃん、国内で大きな賞も取ってて才能あるんだしせっかくのチャンスに恵まれた立場なんだから勿体ないよ。もう少し頑張ってみれば?みたいなことを励ますつもりで返したけど。 そのあと程なくして失踪したってのが本当なら、あれってかなり本気の話でそれに気づかなかったわたしがすごい無神経だったのかな。と話を聞いて青ざめてたらしい、と人伝てに聞いたよ。っていうのが越智の友達、わたしはよく知らない玉川くんって子からの報告の内容だったとのこと。 隣のクラスの同窓会幹事のその人の名前をとりあえず越智から聞いて即、スマホにメモった。どんなやり取りだったかをもっと詳しく奥山くんのお母さんは知りたいと思うかもしれない。その場合、むしろ間に人を挟まないで直に話を聞いた方がいいだろうと考えて。 「その話、彼の家の人はまだ知らないと思う。ありがとう、越智。だいぶ助かる。何も出てこないよりどんな僅かなことでもわかった方がいいから」 「うゆちゃんは。奥山くんのお母さんとも親しいんだね」 心なしか羨ましそうなだりあ。いや今、そんな場合じゃないんだけど。 「一応保育園からの付き合いだから。親同士も割と仲良かったし。小学三年生までは一緒に空手道場通ったよ」 無造作に答えながら、そういえばそれどころじゃなくて。そもそもわたしを空手道場に誘ったのって、奥山くんの方じゃなかったっけ?
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