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学校の帰り道、男の子たち(ぼんやりとだけどその中に越智や堂島もいた気がする。本人たちはもう覚えてないかもだけど)に囲まれて小突かれてる彼との間に割って入って無言で連中をぶん殴り回ったわたしを、うゆちゃんなら絶対気に入るよ。と熱心に勧誘して、自分が通ってた習い事に引き入れてきたのが始まりだった、考えてみれば。
改めてそう思うと、あのとき奥山くんが誘って来なければわたしが空手で全国に行くこともなかったのか。自分で思ってたよりわたしと彼との因縁って深いのかもしれないな。今ではすっかりそんなこと忘れてた。
「えー、奥山くんも空手とかやってたの?めっちゃ見たかったその頃の彼…。きっと、可愛かっただろうなぁ。ちっちゃい身体で道着とか着て、一生懸命型とかやってたんだろうね」
うっとり想像するだりあ。わたしは素っ気なく肩をすくめた。
「可愛かったよ。あの頃は本当に小柄だったしね、わたしより全然。でも最初からわたしの方が強かった。奥山くんはピアノ優先だったから、試合とかにもお母さんがあまり出したがらなくて」
「そういえばそうだったな。強いも弱いもあいつ、確か組手はあんまりやらせてもらえてなかった。手を怪我したら駄目だから、ってNG出てて。なんか型ばっかりやってた記憶」
越智が懐かしむような声で呟いた。わたしは思わずそっちに目をやって尋ねる。
「ちゃんと覚えてるんだ、そんなこと。ずいぶん昔のことだし、あんたはあんまりあの子とは仲良くないと思ってた」
「別に仲良くもないけど悪くもないよ。同じクラスの奴で一緒の道場に通ってたら一応記憶には残るって。お前くらいだよ、最初から特別仲いい数人のことしかさらさら覚える気もなくて他は視界にも入れないで平然としてるの」
何でか巻き添えでちょっと馬鹿にされた。憮然となったのを表に出さずに突っ放すように言い返す。
「特別仲良かったとかはない。ただ親同士の取り決めで道場への行き帰り一緒に通わされてたから」
「いいなぁ、うゆちゃん。お手て繋いでショタ山くんとお稽古ごと通ってたんだねぇ」
うっとりすんな、奥山夢女め。
「そんなの羨ましいか。あんた、まさかまだ彼のこと好きなの」
うっかり越智の前でとんでもない核心的な質問をしてしまった。だけど意外にもだりあは顔を赤らめるでもなく、思いきりぶんぶんと首を横に振った。
「そもそも好きとかは…。あの頃のあれは、うーん。憧れ?みたいな感じで。アイドルのファンやってます、推しです!みたいな気持ちだった。自分が彼みたいな人とどうこうなれるとは最初から思ってないもん。そもそもうゆちゃんがいるじゃん、奥山くんには」
「いないよ」
わたしは呆れて短く言い捨てた。全く、この子はまた思い込みで阿呆みたいなことを。てか、わたしと彼の間にそんな話出たことない。接点があったのはお互いごく幼少の頃までだし。
「小学校三年までしか一緒に行動してないんだよ。それから中学卒業間際までLINEの交換もしてなかったし、それ以降も本当にたまに近況報告するくらいしかやり取りしてない。普通に幼馴染みの、しかも結構距離遠いやつだよ。あんた狙いたいなら今からでも狙えばいい。なんもないから別に自由だよ。まあ相手は絶賛行方不明中だけど」
流れに任せて勢いでついそこまで言い切ってしまい、ごめん越智、と内心で手を合わせた。
えーじゃあやる気出しちゃおうかな、とかこの子が腕まくりし出したら本当済まない。せっかくその気ない、ってだりあ本人が自らの口から断言したとこだったのに。かえってけしかけちゃったことになりそう。
しかし意外なことに、わたしがそこまでぶっちゃけてもだりあは首を縦には振らなかった。
「本当に初めから全然、そういうんじゃないの。なんかさぁ、あまりにも彼ってわたしの周りの人たちと違くて。何ていうか、別世界の人。…って感じ?だから奥山くんの隣にいて一緒に笑ったり喋ったりご飯食べたりする自分が全然想像つかない。けど、うゆちゃんはそういう境界なくて。平然と向こうと地続きな感じじゃん」
「…?」
わたしと越智は微妙な感じで互いの顔を見合わせた。わかるようなわかんないような。
「…ピアノ弾いててお高くとまってるから?そんな基準で人間同士の世界って。別に仕切られてないと思うけど」
だりあはそこまで言い切ってても結局彼のファンガールをやめたわけではないようで、わたしの言い草にちょっとむっとしたように見えた。
「お高くとまってなんかないよ。わたしがチョコあげたときとかも、ちゃんと丁寧にお礼言ってくれたしお返しもきちんとしてくれたし。でも、なんか遠い世界の人なんだよなぁ…。実際中学卒業したら東京へ、そのあとはついにパリまで音楽留学だよ!あんな田舎からそんな貴公子が出るなんて奇跡じゃん。なのにうゆちゃんは全然臆しないでいつも対等な感じだから。ああやっぱ運命の二人なんだなぁって…」
「…俺も別にあいつに臆したことないけど。もしかして俺も運命の相手か?奥山の」
毒気を抜かれた声でぼそぼそとわたしの隣で呟く越智。あまりのことに思わず胸の内で笑ってしまい、それ以上だりあを論破しようとする気が失せてしまった。
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