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「そんながばがばの基準が根拠ならまあ…。あんまり真面目に取り合うほどのことじゃなさそうだね。そもそも奥山くんが無事に発見されないとどうしようもないけど。また会うことがあったらだりあにもわかるよ、彼は別にごく普通の遠くも近くもない男の子だってこと」
「だから、それはうゆちゃんだから…。まあいいや別に。彼早く見つかるといいね」
どのみち話は平行線だと悟ったか、だりあはそこら辺で急に雑に話を閉じた。わたしの方はというと実はちょっとまだもやもやが残ってる。本当に別にわざわざ下から仰ぎ見るほどのこともない、たまたまピアノが得意なだけの人当たりのいい穏やかな子に過ぎないのになぁ…。
勝手に神棚に据えておいて畏れ多い、と直視もしないで尊がってるのはなんか違うと思う。
もしも無事に奥山くんが見つかって、そのうち再会できて何でもない話を普通にできる機会が持てたなら。意地でもだりあを引き合わせてやって、なぁんだ思ってたのと違って結構平凡な普通の人だなぁ。と嬉しいような寂しいような思いを味わわせてやる、とそのときわたしは密かに胸の内で誓った。
日を追うごとにだりあは少しずつそうやって、元気な以前通りの表情を見せるようになってきた。一見これなら大丈夫そう、そろそろ普通の生活を送る準備を始められそうにも思えてくるけど。わたしと越智は相談の上、もう少し気長に様子を見た方がいいだろうとの結論で一致した。
わたしと奴にもそれぞれ自分の生活がある。ある程度はだりあに合わせるにしてもずっとそばについてるのはさすがに無理、限度があった。今のところわたしたちが大学で講義受けたりバイトしたりしてる間、彼女は大人しく家で留守番して過ごしているけど。いずれは何か仕事を見つけて自分の身の振り方を探っていかなきゃならないだろう。
だけど、この二週間ほどの間に地元からだりあを追ってきた連中が現れなかったからといって
これでもう絶対に心配がない、万事解決とまでは言い切れない。
とにかく少しでも生活を立て直すために、と早まってとりあえずバイトでも始めたりして。わたしたちの目の届かない隙ができたところを狙われたりしたら目も当てられないし。
越智の伝手を使って地元での阪口の動向に探りを入れてもらって。ある程度はこの分なら大丈夫、だりあにもう執着がなくてこっちに追いかけてきてまでちょっかいを出して来そうにない。と判断できるまでは無理をしない方がいいだろう。幸い本人の言によればそれなりに蓄えはあって、わたしのところに居候してる状態ならばさほど当面の暮らしに困ることもなさそうだ。
阪口の野郎が怒り狂ってだりあの行方を探し回ってる様子ならそれはそれで、わたしのじいちゃんの伝手を使ってでも何か牽制を入れてもらわねばならないが。今のところはだりあが逃げてきたあと、地元で不穏な評判が立ったり特に悪意ある噂が流されたりしてるようでもなかった。
わたしと越智が堂島を介して阪口に釘を刺してきた意図がきちんと伝わっているならそれが一番なんだけど。
こっちも本気でやろうと思えばあんたが彼女にしたことの状況証拠をかき集めて警察の力を借りて全部表に出して、正式に訴えて争うこともできる。だけどそっちが自主的に起きたことの証拠を処分してここで話を完全に終わらせる気があるならそれで手を打とう。って阪口に示したメッセージを読み取ってその条件を呑んでくれればまあ、それに越したことはない。
本当はそれで済ましてやるんじゃあの野郎には甘すぎるよな、とはそりゃ思わないことはないが。だりあが無事に新しい人生を始めて気持ちを切り替えられることを優先するなら、当然あいつとの関わりをここで完全に絶てる方がいい。どうせあんなやつ、反省することも人間が変わることもないだろうし。そんなサイコパス紛いの男とこれ以上やり合うだけ無駄だし消耗だ。
そういうわけで今しばらく、だりあはわたしの部屋で甲斐甲斐しく掃除や洗濯をしたりご飯など作ってくれながら居候生活を続けることになった。一人の時間がないのはさすがに堪えるけど背に腹は代えられない。非常時だと腹を括ってそこは割り切ることにした。
一方で奥山くんの行方がわからなくなってからそろそろ一ヵ月近くが経とうとしていた。
行き詰まってしまってピアノに触れるのも嫌になって、ふらりとヨーロッパ周辺の国を巡る旅に出てるのならまあいいけど。それもどこかで区切りをつけないといけないだろう。
さすがに彼の懐事情までは関知してないが、異国での留学生の身としてそれほど金銭的に手持ちが潤沢ってわけでもないだろうし。わたしの知る限り奥山くんちは特別めちゃめちゃ富豪ってほどじゃない、うちとほとんど変わらないようなごく普通の家庭に見える。奨学金とかをもらってたとしても何ヶ月ものんびり旅行を続けられる余裕があるとは思えない。
わたしに音楽のことはわからない。一般的な話として、数日ピアノに触れずにいると指の感覚が戻らなくて苦労するみたいな話も聞いたことある。空手だってそういう感覚はもちろんあるけど、それと同じようなことなのか全然レベルが違う話なのかもしらないし。
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