第11章 東京ふたり暮らし・ver.羽有

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第11章 東京ふたり暮らし・ver.羽有

東京へ連れられて来て丸一日と半くらいの間。だりあは驚くほどめっちゃ寝た。 おそらくここしばらくの間、本当に心の底から安心して力を抜ける場がずっとなかったに違いない。 わたしの部屋は地方から出てきた大学生が住むにはごく普通の、決して広くないワンルームのアパートだ。だけどあまりものを溜め込まないたちだからそれなりに空間があったのが幸いした。あとは、ときたま地元から家族のうちの誰かがこっちに用事ができたりすると泊まることがあるので。ぺらぺらだけど一応予備の布団があったのがここに来て役に立った。 車でここまで送ってくれた越智に少し休んでいけ、とだりあと一緒に招き入れると女子の一人暮らしの家初めてだ。と呟きつつやや気後れした風でドアを潜って入ってきたが、いざ室内を見回すとなぁんだ。と拍子抜けした表情になり急に肩を落とした。 「全然女の子の部屋じゃない。…ちょっと期待して損した。これじゃ大学の研修所とか、病院とか学校の宿直室じゃんまるで。まあ勝手なイメージだけど」 「失礼だな。女子が住んでるんだから女子部屋だろ普通に。何も間違ってないが?」 さすがにいろいろ立て続けにあって疲れ切ってたのか、心なしか顔色の青ざめてただりあがそんなやり取りを耳にして思わずといった感じでぷっと破顔した。 「何言ってんの二人。ほんともう、どっちかって言うと何だかきょうだいみたい。…でも、確かに。強烈ミニマルな部屋だね。まじで家具とかなんもない…」 ぐるりと見渡して小さな声で遠慮がちに呟く。わたしは構わず肩をすくめ、二人に適当に座るよう促して冷蔵庫からアイスコーヒーのペットボトルを取り出した。いちいちドリッパー使って淹れるのが面倒でつい。いつもボトルで買っちゃう。 「コップあったかな。…そんなに使ってなくてきれいだから、これ。貰いもののグラスとマグでいいか」 「うゆちゃんのは?」 実は普段使ってるのはだりあに渡したマグの方だ。ときどき研磨剤で磨いてるから見た目はきれいなんだよ?本当に。二年もまだ使ってないし。 でも、客が来たときのことは基本想定してない。家族が上京してくる時も人数が複数になるとこの狭さじゃ泊まれないから。来るのが二人以上だと普通にホテル取る。当然食器もろくに揃ってないわけだ。 わたしは肩をすぼめ、なるべく平静を装って無表情に答えた。 「お椀かご飯茶碗使うから大丈夫。…てか、今度から。紙コップ買っとくよ…」 見た目は何だけど、とりあえず瀬戸物の茶碗に自分の分を注いでから三人で買い置きのアイスコーヒーで乾杯した。 「いやしかしすごいな。俺んとこ、大学の運動部の寮だから。ここより狭いせいもあるけど結構ものが溢れてるのに。本当にお前、この部屋でちゃんと生活してんの?キッチンもすかすかじゃん」 緊張があっという間に解けたらしい越智が遠慮なく室内を観察してからずけずけと尋ねてきた。わたしはかっこ悪くお茶碗に注いだ冷たい微糖入りコーヒーに口をつけてから、素知らぬ顔で答える。 「料理とかほとんどしない。一人暮らしだと正直合理的じゃないことが多いし。調理器具を揃えるのも面倒で」 「わたし、少しはできるよ。二人分なら自炊した方が経済的かも。うゆちゃん面倒だからって、素材そのまま齧って済ませてそう。パンと生野菜とチーズとか。ヨーグルトとハムとか、一応栄養バランス考えてはいるけど…、みたいなメニュー」 何で見てきたようなことをここで披露するかな。わたしは食生活をネタにされて半ば憮然となったが耐えて表情を取り繕った。 今は別にそれが話の主題ってわけじゃない。それ以上掘り下げて話す必要もないだろう。 越智はだりあのその台詞を耳にしてだらしなく目尻を下げた。さっきまでそれなりに頼り甲斐のある男を演じてたくせに。ちょっと気を抜くともう、普段のちょろいこいつに逆戻りだ。 「そうなんだ。木村、結構自炊とかする方なの?地元住まいだけどそういえば独立してたんだもんな。得意料理とかあんの」 「全然上手とかじゃないよ。でも、仕事あんまり忙しくなくていつも定時だったから。せめて ご飯くらい自分で作ろうかなぁと」 やや頬を染めて照れ照れと答えるだりあ。改めてこうして見ると本当に顔立ちが可愛いな、この子。これじゃ防御力ゼロの越智はもちろん、地元の男たちがちょっとおかしくなって狂うわけだ。全然肯定も納得もできないが、そっちについては。 「いや偉いよ、それって。仕事しながらだとどうしても面倒になっちゃいそうだもんな。でも、健康のこととか考えたらそりゃ自炊できるに越したことないじゃん?てかお前は。食生活どうにかしろとか言われないの、今の道場の師範とかに?」 またこっちにお鉢が回ってきた。持ち手がない茶碗はつくづく飲み物を飲むのに向いてない。両手で支えて持つしかない容れ物にしみじみ視線を据えながら百円ショップのでいいからもう一つグラスを買おう、と心に留めてわたしは無造作に答えた。 「栄養のバランスはちゃんと考えてるから。暴飲暴食もしてないし、普通に健康的な生活だと思う。火を使わないでもまあまあ結構何とかなるよ。自分一人分くらいなら」
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