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❤️
隣の席の女性に、突然話しかけられた。
『うるさいおばさん達』
と、ひとくくりに見てしまっていたけど、
よく見ると綺麗な顔立ちの美人だった。
短く切った髪は緩やかにウェーブがかかり、
綺麗な茶色に染められている。
私より10歳くらい年上だろうか。
着ている服もシンプルだけどセンスが良い。
姿勢がよく、所作が華やかに美しくて、
『元宝塚』って雰囲気。
「あなた、さっきからため息ついてるけど、何か悩んでいるの?」
私は思わずきょとんとして、一瞬、返す言葉を失ってしまった。
「あ、ごめんなさいね、お節介おばさんで。
あなたみたいに若くて可愛い人にも
ため息つくような悩みがあるものなのね、と思って。お子さんの悩み?」
「いえ、子供はいないんです。ただ、主人の様子が、なんか最近おかしくて。」
私、初対面の人になんでこんな事ペラペラ
話しているんだろう?
でも、この人には、相手に警戒心や不快感を
与えない雰囲気があった。
ずけずけと入り込んでくるが、不思議と嫌な
感じがしない。
瞳に、好奇の色が全く感じられないからかも
しれない。まるで友人に話しかけるように
声をかけてくる。
「あら、それは気になるわね。浮気?」
「いえ、そこまで具体的な疑惑はないんですけど、なんか、急によそよそしいというか…。社内に元カノがいるのも気になって。」
「あなた、もし今あなたの近くに元カレが
現れたらどう思う?」
「え?うーん……どうにも思わないです」
「でしょ?ご主人だって同じよ。過去は過去。今更なんとも思わないわよ、きっと。
こちら側から見ると不安かもしれないけど、
自分に例えてみると、わかるわよ。」
気にしない気にしない、と明るく笑った。
まだ会ったばかりで不思議だけど、私、
なんかこの人、好きだ。
一瞬、会話が途切れたとき、お盆を持った
マスターが静かに近づいてきた。
不思議そうな顔で私達を交互に見たあと、
隣のテーブルにケーキセットを置き、
優しい表情で微笑みながら去って行った。
「きたきた🎵美味しいのよね~
ここのチーズケーキ。」
そう言うと、大きめに切ったチーズケーキを
パクリと食べ、湯気のたつコーヒーを注意深く口元に持っていき、スッと飲んだ。
その時、カランカランと音を立てて店のドアが開き、中年男性が眉間に皺を寄せながら
入ってきた。
ぎょろっと大きな目をキョロキョロさせながら、店内を歩く。人を探している様子だ。
神経質そうなその目が、奥の席に一人で座っている中年女性の姿を捉えた。
「やっぱりまたここにいたか!」
「あら、あなた。おかえりなさい。
ずいぶん早かったのね。」
「今朝、出かける時にそう言ったろ?三時くらいにはなるけど、今日は昼飯食わないで帰るから、用意しておけって。」
「ごめんなさい、二時半には帰ろうと思っていたのよ。ここで食べていく?」
「食わん!早く帰って作れ。……ったく。
専業主婦が人の稼いだ金で優雅にティータイムとは、いい気なもんだな。」
その男は、聞き耳立てなくてもすべての会話が聞こえるくらい、威圧的な大きな声でまくしたて、すたすたと店の外へ出て行ってしまった。すごく嫌な感じ。
奥さんは慌てて会計をし、転びそうになりながら出て行った。
店の中は元の静けさを取り戻し、私達は思わず無言で見つめ合った。
「やーなオヤジね。なに?あの言い草。」
「そうですね。あんな旦那がいたら、毎日、地獄ですね。」
「本当よね。あんなの見ちゃうと、うちの主人なんて可愛いもんだわって思うわね。
自分からは何もしないけど、頼めば何でも
やってくれるし、一緒にいて楽しいしね。
まぁ~、元気に生きててくれれば良し、
としますか」
「ふふふ。確かにそうですね。私も、好きだからこそ、嫉妬するのかもしれません。」
「あのオヤジのおかげで、私達の旦那の株が急に上がったわね」
声をあげて楽しそうに笑うと、両手で包むようにコーヒーカップを持ち、穏やかな表情で
コーヒーを飲んだ。
彼女のコーヒーカップは、私が一番お気に入りの足がついたカップで、他に客がいない時はマスターに頼んで、そのカップに入れてもらっている。
「会社でも威張ってそうよね、
あの手のタイプのオヤジは。」
「そうですね、パワハラとかしそうな顔していましたよね。なんか、うちの主人も最近、
会社で逆パワハラっぽくなっているみたいで。」
「なーに、それ?……あ、あなた、もし嫌じゃなかったらこっちのテーブル来ない?
その方が話しやすいから」
まるで私が、偶然会った知り合いかのように振舞う。笑っちゃうくらい壁のない人。
「あ、はい。それじゃぁ、遠慮なく……」
といって彼女の向かいの椅子に座った。
「椅子になっちゃってごめんなさいね。
こっちのソファー座る?」
と言って腰を浮かせかける。
「あ、いいえ、椅子で大丈夫です。
ありがとうございます。」
この女性は、色々と気が付く人なんだろうな ぁと思った。
「それで?逆パワハラって?」
「はい。主人が最近、新しい部署になって、
だいぶ年上の部下が出来たらしいんですけど、なかなか主人を認めてくれていないみたいで、怖い顔されるし、仕事以外ではあまり口もきいてくれないみたいで。」
「あら、やぁねー。器が小さいわよね。」
「でも、主人はなんかその人の事が好きと
いうか、言動がツボみたいで。
気づくとついその人の動きを目で追ってしまうみたいなんです。
帰ってくるといつも『今日、さえちゃんがさ~』って楽しそうに話してきて。」
「え?年上の部下って、女性なの??」
「あ、ごめんなさい、違うんです。その部下の方がさえきさんていうから、名前から取ったあだ名みたいで・・・」
「え?」
「え?」
「あ、いいえ、なんでもないわ。
ごめんなさい、あなたのお名前、
聞いてもいいかしら?」
「私は、高木といいます。高木真理子です。」
「ええ?」
「え?」
「あ、いいえ、ごめんなさいね。私はね、典子。真理子さんは、お住まいはお近くなのかしら?」
「はい。ここから歩いて10分かからないくらいです。」
「近いわね。ねぇ、今度ご主人と二人でうちに来ない?4人で食事をしましょうよ」
「え!いきなりですか?でも、ご主人が嫌がりませんか?見知らぬ夫婦と食事なんて…」
「そんなことないわ。
きっと、楽しい食事になると思うの。」
そういうと、とても楽しそうに微笑んだ。
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