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隣の席の女性に、突然話しかけられた。 『うるさいおばさん達』 と、ひとくくりに見てしまっていたけど、 よく見ると綺麗な顔立ちの美人だった。 短く切った髪は緩やかにウェーブがかかり、 綺麗な茶色に染められている。 私より10歳くらい年上だろうか。 着ている服もシンプルだけどセンスが良い。 姿勢がよく、所作が華やかに美しくて、 『元宝塚』って雰囲気。 「あなた、さっきからため息ついてるけど、何か悩んでいるの?」 私は思わずきょとんとして、一瞬、返す言葉を失ってしまった。 「あ、ごめんなさいね、お節介おばさんで。 あなたみたいに若くて可愛い人にも ため息つくような悩みがあるものなのね、と思って。お子さんの悩み?」 「いえ、子供はいないんです。ただ、主人の様子が、なんか最近おかしくて。」 私、初対面の人になんでこんな事ペラペラ 話しているんだろう? でも、この人には、相手に警戒心や不快感を 与えない雰囲気があった。 ずけずけと入り込んでくるが、不思議と嫌な 感じがしない。 瞳に、好奇の色が全く感じられないからかも しれない。まるで友人に話しかけるように 声をかけてくる。 「あら、それは気になるわね。浮気?」 「いえ、そこまで具体的な疑惑はないんですけど、なんか、急によそよそしいというか…。社内に元カノがいるのも気になって。」 「あなた、もし今あなたの近くに元カレが 現れたらどう思う?」 「え?うーん……どうにも思わないです」 「でしょ?ご主人だって同じよ。過去は過去。今更なんとも思わないわよ、きっと。 こちら側から見ると不安かもしれないけど、 自分に例えてみると、わかるわよ。」 気にしない気にしない、と明るく笑った。 まだ会ったばかりで不思議だけど、私、 なんかこの人、好きだ。 一瞬、会話が途切れたとき、お盆を持った マスターが静かに近づいてきた。 不思議そうな顔で私達を交互に見たあと、 隣のテーブルにケーキセットを置き、 優しい表情で微笑みながら去って行った。 「きたきた🎵美味しいのよね~ ここのチーズケーキ。」 そう言うと、大きめに切ったチーズケーキを パクリと食べ、湯気のたつコーヒーを注意深く口元に持っていき、スッと飲んだ。 その時、カランカランと音を立てて店のドアが開き、中年男性が眉間に皺を寄せながら 入ってきた。 ぎょろっと大きな目をキョロキョロさせながら、店内を歩く。人を探している様子だ。 神経質そうなその目が、奥の席に一人で座っている中年女性の姿を捉えた。 「やっぱりまたここにいたか!」 「あら、あなた。おかえりなさい。 ずいぶん早かったのね。」 「今朝、出かける時にそう言ったろ?三時くらいにはなるけど、今日は昼飯食わないで帰るから、用意しておけって。」 「ごめんなさい、二時半には帰ろうと思っていたのよ。ここで食べていく?」 「食わん!早く帰って作れ。……ったく。 専業主婦が人の稼いだ金で優雅にティータイムとは、いい気なもんだな。」 その男は、聞き耳立てなくてもすべての会話が聞こえるくらい、威圧的な大きな声でまくしたて、すたすたと店の外へ出て行ってしまった。すごく嫌な感じ。 奥さんは慌てて会計をし、転びそうになりながら出て行った。 店の中は元の静けさを取り戻し、私達は思わず無言で見つめ合った。 「やーなオヤジね。なに?あの言い草。」 「そうですね。あんな旦那がいたら、毎日、地獄ですね。」 「本当よね。あんなの見ちゃうと、うちの主人なんて可愛いもんだわって思うわね。 自分からは何もしないけど、頼めば何でも やってくれるし、一緒にいて楽しいしね。 まぁ~、元気に生きててくれれば良し、 としますか」 「ふふふ。確かにそうですね。私も、好きだからこそ、嫉妬するのかもしれません。」 「あのオヤジのおかげで、私達の旦那の株が急に上がったわね」 声をあげて楽しそうに笑うと、両手で包むようにコーヒーカップを持ち、穏やかな表情で コーヒーを飲んだ。 彼女のコーヒーカップは、私が一番お気に入りの足がついたカップで、他に客がいない時はマスターに頼んで、そのカップに入れてもらっている。 「会社でも威張ってそうよね、 あの手のタイプのオヤジは。」 「そうですね、パワハラとかしそうな顔していましたよね。なんか、うちの主人も最近、 会社で逆パワハラっぽくなっているみたいで。」 「なーに、それ?……あ、あなた、もし嫌じゃなかったらこっちのテーブル来ない? その方が話しやすいから」 まるで私が、偶然会った知り合いかのように振舞う。笑っちゃうくらい壁のない人。 「あ、はい。それじゃぁ、遠慮なく……」 といって彼女の向かいの椅子に座った。 「椅子になっちゃってごめんなさいね。 こっちのソファー座る?」 と言って腰を浮かせかける。 「あ、いいえ、椅子で大丈夫です。 ありがとうございます。」 この女性は、色々と気が付く人なんだろうな ぁと思った。 「それで?逆パワハラって?」 「はい。主人が最近、新しい部署になって、 だいぶ年上の部下が出来たらしいんですけど、なかなか主人を認めてくれていないみたいで、怖い顔されるし、仕事以外ではあまり口もきいてくれないみたいで。」 「あら、やぁねー。器が小さいわよね。」 「でも、主人はなんかその人の事が好きと いうか、言動がツボみたいで。 気づくとついその人の動きを目で追ってしまうみたいなんです。 帰ってくるといつも『今日、さえちゃんがさ~』って楽しそうに話してきて。」 「え?年上の部下って、女性なの??」 「あ、ごめんなさい、違うんです。その部下の方がさえきさんていうから、名前から取ったあだ名みたいで・・・」 「え?」 「え?」 「あ、いいえ、なんでもないわ。 ごめんなさい、あなたのお名前、 聞いてもいいかしら?」 「私は、高木といいます。高木真理子です。」 「ええ?」 「え?」 「あ、いいえ、ごめんなさいね。私はね、典子。真理子さんは、お住まいはお近くなのかしら?」 「はい。ここから歩いて10分かからないくらいです。」 「近いわね。ねぇ、今度ご主人と二人でうちに来ない?4人で食事をしましょうよ」 「え!いきなりですか?でも、ご主人が嫌がりませんか?見知らぬ夫婦と食事なんて…」 「そんなことないわ。 きっと、楽しい食事になると思うの。」 そういうと、とても楽しそうに微笑んだ。
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