15人が本棚に入れています
本棚に追加
❤️
『あぁ、珈琲って本当に美味しい』
陶器のカップの中でゆらめく琥珀色の液体を、
しばし香りを楽しんでから口に含み、
ごくりと飲んだ。香ばしい苦味が口の中に広がる。
真理子はふぅと息を吐いた。
ここは学生時代からお気に入りの喫茶店。
いわゆる今時のカフェではない、昔ながらの
喫茶店だ。入り口のドアを開けると、
カランカランと乾いた銅の音がする。
この音がまた、心地よいのだ。
主人の転勤で、真理子の地元であるこの街に
また住むようになった。
在宅ワークのライターの仕事が行き詰まると、
ここにきて頭を空っぽにして、
気分を落ち着かせている。
なぜだろう、言葉が次々と溢れるように
出てくる時もあれば、
いくら考えても、集中しても、
言葉がまったく出てこない時もある。
そんな時、どう絞り出しても
納得がいく文章は仕上がらない。
この店は、とても貴重な存在だった。
カフェはどうも馴染めない。騒がしい。
椅子が高くて心地悪い。値段も高い。
人気の珈琲一杯の値段で、この店なら
美味しいケーキセットが食べられる。
と言っても、真理子は領収書をもらって
経費で落としているのだから、
ちゃっかりしている。
丸太作りで、山小屋みたいな内装。
控えめにクラシックが流れている。
手作り風の陶器のカップ&ソーサーは、
同じ物はない。色も形も模様も様々。
何に当たるか、それもまた楽しみの一つだ。
『ランデブー』
店の名前は、さすがに古くさい。
真理子が学生時代は、ちょっとかっこいい
お兄さんだったマスターもすっかりおじさん。
自分だってもうすぐ40歳になるのだから、
当たり前だ。
マスターは、年を取って良い感じに
ダンディーになっていた。
さほどの値上げもせず、何より店を営業し
続けてくれているのが一番ありがたい。
でも、今日はちょっと外れだった。
「ぎゃははははは!!やだぁ、嘘でしょ?」
真理子は心の中で舌打ちした。
隣の席の中年女性四人組の客が、先程から
大声で盛り上がっている。
静かな客が多いこの店では珍しい光景だ。
一人で過ごす大事な癒しの時間を
台無しにされた気分だった。
こういう雰囲気の店で騒ぐ客って、ほんと
許せない。
最初のコメントを投稿しよう!