呪いは思い出を消せない

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呪いは思い出を消せない

(あの聖女はとんだ食わせ者だわ。別れさせなければいけないし、聖女の家を潰してやるわ) 「聖女が大変疑わしいというのはわかったが、では私に呪いをかけた奴は誰なのだ?」 「ルードヴィッヒ、私、頭痛がするの。ここから出たいわ。私を部屋へ連れて行ってちょうだい」  席に戻っていたルードヴィッヒは、カルラの差し出した手を無視した。 (なぜ、私の指示が聞けないの? いつもどんな時だって、どんなことだって聞いてくれていたじゃない) 「カルラ、私とフランツは呪いをかけられているのだ。そして、その者から支配されているのだぞ。腹が立たないのか? 誰がこんなことをしたのか、呪いをかけた者を突き止めたいと思わないのか? ネブラ嬢、してどんな方法がある?」 「その方法を試す前に、ルードヴィッヒ国王陛下、二十二年くらい前、護衛の騎士を振り切って近づいて来た方を思い出してくださいませんか?」  ネブラは、ちらりとカルラの顔を見た。 「ああ、その頃は舞踏会に出ると、複数の男女が近づいて来たな。特にご令嬢達がご熱心だったよ。私には婚約者がいるのに、一緒に踊りたいと寄って来て困ったよ。騎士達は離れて見ているだけだった」 「ルードヴィッヒ国王陛下は、ご令嬢の方々と踊られたのですか?」 「いや、踊らなかった。私はダンスが苦手だったから、他の令嬢に笑われるのが嫌で、婚約者の傍にいつもいたよ。だけど婚約者はダンスが得意で、踊りたくてうずうずしていたから、舞踏会をいつも途中で抜けて、音楽が聞こえる庭で、婚約者とずっと踊っていた。だって、他の男性と踊らせたくなかったからね」  ネブラへ笑いかけてから、遠いところへ目をやった。 「ルードヴィッヒ国王陛下、その婚約者のお名前をお聞かせください」 「ネブラ嬢、私はその婚約者と結婚したらしい。そして、ハインリヒは、私とその女性との子供だという。けれど私は、その女性の名前も顔も覚えていない。おかしいだろう。こんなに愛しく思っていた女性を、記憶の糸が切断されたように覚えていないなんて、普通はありえないだろ」  ルードヴィッヒは、眉間に皺を寄せた。 (なんてことかしら? ベアトリクスの思い出が消えていないなんて…… 命令したはずなのに)  カルラがルードヴィッヒを手中に収めてから真っ先にしたことは、ルードヴィッヒの心中を占めているベアトリクスの名前と容姿を消し去ることであった。  その甲斐あってベアトリクスは、ルードヴィッヒに冷遇されたが、ベアトリクスは王宮から出て行かず、父親であるゼッケンドルフ宰相と共に、この国の実権を握り続けた。それを大抵の貴族が支持していた。
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