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プロローグ
空を見上げれば、落ちてきそうなほどの星が頭上いっぱいに広がっている。
真冬の星の微かな光が、海の波間に霧雨のように降り注いでいる。
水平線ぎりぎりに浮かぶ下弦の月がまばゆく、微かな星の光を打ち消すように輝きながら、静かにさざめく波立つ水平線に映る。
照り返す光に海面が巨大な魚の鱗のように煌めき、その体表に小型漁船がたゆたう。
漁船の裸電球の明かりが月光と星の輝きのように、鈍重な闇の中にぼんやりと浮かび上がり、闇より濃い影を海面に作り出す。
その微かな光が漁船を黒い海からすくい上げているようだ。
三月の海はまだ冷える。毛糸の帽子を目深にかぶるが、剥き出しの頬は寒さに痺れてくる。
潮の香りが辺りに満ち、すっかり慣れきった磯の匂いよりも、冷たい空気を鼻奥で感じる。
若い漁船員は刺し網の綱を慎重に巻き取り機で巻き上げる。宿毛湾より遠く離れ、志々岐島近くの沖合で、海底深く沈めた網をゆっくりとリールで巻き取り、網の目にかかったキビナゴなどの小魚を網と一緒に引き上げていくのだ。
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