三月二十一日 5

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 夜須は後ろ髪を引かれるような思いで碧の洞窟を跡にした。  アクアマリンに戻り、夜須はカメラのことでクレームをつけようか迷ったが、肝心の画像を削除してしまったので文句をつけるのはやめた。気分的に蒸し返すのが嫌だった。不吉なものを見た気がしたのだ。  その代わり、今日明日泊まれる宿はあるか、店主に尋ねてみた。 「かんべがここらでは広いからかんべですかねぇ。かんべが駄目なら大浦まで行くしかないです」 「かんべが駄目なら大浦か……」  午前中に訪問した民宿かんべのことだろう。和田津では一番大きな民宿なのか。できたらかんべが空いていると助かる。明日、和田津でシジキチョウを捜すのには和田津に滞在したほうがいい。  しかし、惣領屋敷に戻って宿泊する気にはなれない。きっと、当てつけのつもりで子供を作ったのか、と交野を罵るだろう。好きでもないのに、自分はきっと交野を責めると思った。何があったとしても自分の元に戻ってくることに優越感をくすぐられるから、今回電話があったことに満足を得たのだ。それなのに、自分を崇拝する人間が、こんな形で離反していくのを見せつけてきたことが気に入らなかった。
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