鵜飼六月

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5月が過ぎ6月に入って雨が増え、ジメジメとしてきた今日この頃。 木下の務める野々瀬学園では、全学年共同作の紫陽花のアーチが作られ飾り付けがされるなど、1年生の馴染んだ学園生活が日常となっていた。 新入生歓迎会の景品によって様々な出来事があちこちで起こり、学園としてもぎこちなかった雰囲気が消えてきたのを感じる。 そして、木下は頭を抱えていた。 職員室の自身のデスク上に広がるのは、風紀から回ってきた本部に対する苦情。 内容は幅広く、 「シンプルにキモいから何とかして下さい」 という辛辣なものから、 「皆が信頼関係を持ってつくりあげてきた距離感を滅茶苦茶にしないでほしい」 という親衛隊からの嘆願まで。 どの生徒の親衛隊か確認すれば、生徒会副会長の親衛隊。 我が生徒ながらとんでもないと思う。 学園の問題は解決しなければいけない。 生徒のことは守らなければいけない。 押し付けられた仕事は返さなければいけない。 ということで風紀に返しに行こうと、木下は椅子から立ち上がった。 決して本部のことを人任せにするのではなく、俺みたいなただの教師には出来ることの範囲があるということだけ。 南館2階の職員室フロアから、3階の風紀フロアへ上がる。たった1階ならば階段でいいだろうと階段を数段上がったところで、上から声が降る。 「あ、木下先生…」 パッと見上げれば、そこに居たのは書類を抱えた生徒会副会長の柊香苗。 見上げたまま話すのもあれなので上がろうとすれば、それより早く柊が数段降りた。 「久しぶり、か?本部は大丈夫か」 ファーストコンタクトで絡まれていたのを思い出し、尋ねる。柊は、少し目を伏せ目がちにして答えた。 「…大丈夫です」 その様子に、明らかに大丈夫じゃないことを感じとる。 「はい強がり。ということで木下先生とお茶をしましょう」 「は?」 面食らったように目を見開くマヌケな顔に吹き出す。それに対して柊は不服そうに眉を顰めるが、緩んだ空気は締まらなかった。 「お茶って急になんで」 「あれ、甘い物のお礼するって言ってなかったか?」 「あ…」 柊の脳裏によぎるのは本部の登校初日。 らしくもなく舞い上がってしまったあまり思い出したくない記憶だ。 「それのことなら…結構です」 顰め面で言い切る目の前の生徒に木下は考える。ちら、と手元の書類に目をやってから口を開いた。 「じゃあ新歓お疲れ様会にしようぜ」 またもや、は?という顔をした柊に木下はニヤリと笑う。ちょいちょいと手招きをして、とある方向に歩き出した。 本来は風紀に用があったのだが、柊に聞きたいこともあるしちょうどいい。 それを無視することも出来ず、大人しくそれについて行くことにした柊は、しばしの仕事からの解放に息をついた。
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