萬緑五月

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くあ、と欠伸をひとつ零す。 外を歩いてきた際に風に吹かれたせいで当たってくすぐったい、金に染めた髪を整える。 靴を履き替えて向かった職員室を前にして、思わずため息が出た。 (……めんどくせ) そう思っても仕方が無いと思う。何しろこれから本当の出勤なんだ。この大きく豪華な扉を開けてしまえば、仕事が始まる。生憎と俺は仕事が大好きな人間ではなくどちらかというと適当な人間なので、仕事が楽しみになることはこの先ないと思う。 もう一度ため息を吐き、扉に手をかけた。 ガラリ、とスライド式の扉を開けて入り、1番に見えたのは、前に立ち塞がる筋肉。 筋肉? 「う゛っ…すんません、井原先生。」 頭の処理が追いつかず思いっきりぶつかったのは俺よりも身長が15cmは高い体育教師、井原隆。ちなみに俺は175。低くはないはずなんだが、この先生の前にいると自信が無くなるのは俺だけじゃないと思う。でけぇ。 「お?ああ、俺こそすまんな、木下。」 「いや、大丈夫なんすけど、なんでンなとこに立ち止まってんすか?」 「ん?ああ、教室に行くのに忘れ物をしたんだが、何を忘れたかを忘れてな。思い出してたところだ」 「邪魔すぎますね」 「先輩に対しても通常運転で何よりだな。じゃ、今日も仕事頑張ろうぜ。」 「うぃーす」 井原先生が笑いながら出てったので俺も適当に返事をして返す。あの人忘れ物あったんじゃないだろうか。忘れっぽいにも程があるだろ。 ちなみに俺は1年団で1S担任、井原先生は3年C組担任だ。 整理整頓が苦手なおかげですこーし散らかった机に軽いカバンを置き、座り心地のいい椅子に腰掛ける。 と、ここまで語った俺、木下 理久がこの学園に勤め始めて、はや6年。 今の高3が中1んときにこの学園…野々瀬学園で社会教師に就職したわけだ。感慨深くもないが、愛着が無いわけでもない。設備は整ってるわ、飯はうめぇわ良い職場環境だと思う。値段は高ぇ。 ただ気に入らねぇのは中坊だった奴らが高3になってることだな。でかくなりやがって。 割とあいつらは最初から生意気だったけど、最近の生徒もここんところ酷くなってる気がするぞ。 嬉しくはないが、6年もいればこの学園の異常な所なんてすぐに分かる。 1に同性愛、2に美形神格化、3に権力配分。 ちなみに4からあとは全部恋愛についてが綴られると思う。 まず同性愛。自社調べだが、3割ゲイの6割バイ、そして1割ノンケ。 日本の未来を担う方々が尽く通っているわけだが、この国は大丈夫だろうか。 ちなむと、俺は6年間で根も葉もないであろう噂からゲイと言われているが普通にノンケだ。生徒食うわけねぇだろ馬鹿か。 もちろん彼女も彼氏も作るつもりは無いぜ。 理由はいつか分かるだろ。 次、美形神格化。 なんとこの学園、親衛隊があるのでもうとんでもない。ここは学校のはずなんだが、時たま聞こえてくる制裁やら報復やらと物騒な単語。本当にこの国が心配だぞ俺は。 生徒会はもう変態的人気投票だ。なんだタチネコって。ノンケだったらどうすんだ。トラウマもんだぞ! 幸い学校の秩序を守る風紀はきちんと能力も配慮されて、前風紀委員からの指名らしい。ちなみに、両役員はブラック企業のサラリーマンばりに働いてるらしい。国も心配だがあいつらの青春も心配になってきた。 前言撤回、この学園の時点で青春などないな。 最後、権力配分。 理事長>生徒会=風紀>教師 みたいな感じだ。ほんとはここにちょこちょこと各委員会役員が入ってきたりする。 ちなみにここ、職員室もやべぇぜ。 教師の中でもヒエラルキーがあってだな。 まあそのヒエラルキーは人気かどうか。つまり顔。これほど親に感謝したことは無いね。 ヒエラルキーが下の方の教師の大変さを1度聞いたことがある。 それも数年前なので覚えていない。あの先生元気なんだろうか。 俺はここ6年間でまあ色んな生徒を見てきたわけだが、なんとまあ金持ちの坊ちゃんてのはめんどくさい奴も多い。それがこの学園では分類されてるんだが、 チワワとガチムチと美形と平凡。 こんくらいならよく聞く単語だと思う。 改めてとんでもねえとこで働いてんな、と椅子にだらしなく凭れかりながら考える。 そのまま向かいの壁の時計を見やれば、始業まであと20分、早めに来れた方だな。 と、ふいに眠気が襲ってくる。あと20分で起きれる自信は全くもって無いが、これに勝てる自信も塵ほどもない。 授業に集中するためだしな、果報は寝て待てだ。使い方違うけど。 体の力を抜き、目を閉じた。
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