萬緑五月

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いつも職員室へ来る時間より早めに行き、転校生が来るのを待つ。 昨日の夜に理事長から来たメールに書いてあった日程では、生徒会副会長が迎えに行き、理事長室に行ったあと職員室へ来て、担任がクラスへ連れて行くそうだ。めんど。 現生徒会副会長といえば、2のSのため俺の社会担当クラスだが、忙しさから毎回授業に出れている訳では無いし、授業に出ても終われば忙しそうにしているため話したことは多くない。大変そうだよな生徒会も。 副会長は特に親衛隊を嫌っているという話も聞いたことがあるため、いつか理由を聞いてみたいものだ。 そろそろ転校生が来るか、と思っていると、ニコニコ…違うな、ニヤニヤしながら颯馬が近づいてきた。 「何気持ち悪い顔してんだお前」 「一日の始めの第一声がそれだと結構心にくるものがあるね?…ついに来るね、転校生!」 待ってましたと言わんばかりの顔で、機嫌の良さを撒き散らしながら笑う颯馬に、何よりも苛立ちが勝る。それを分かっているのか分かっていないのかは知らないが、話し続ける颯馬。 「迎えに行くの副会長でしょ?これもバッチリだし…理事長は溺愛してるのかなあ?してたらいいけどな〜!で?木下はホスト!ギリといえどホスト!それで1S!一匹狼も爽やかもいましたね!ええ!ああ〜もう楽しみすぎる!」 いつもの事だが、仕事仲間と生徒で妄想するのもどうかと思う。うちのクラスで傍迷惑な物語を展開させないで欲しい。お前が一匹狼って言ってる奴も分かるが良い奴だろあいつ。爽やかも分かるが、あまり機会が無く話したことないからよく知らん。 その後もやってくる先生に次々と転校生絡みで声をかけられ。 「ま、何とかなるだろ。」 「転校生今日だろ?急だが頑張れよ」 「昨日言ったこと覚えとけよ」 「なんかあったら言ってくださいね!」 上から裕翔、井原先生、平井先生、木村。 ちなみに先程話した理事長からのメールの一番下には「申し訳ないけど任せたよ」というメッセージがつけてあり、この前交換した辻宮さんからは「大変なことがあればお手伝いさせて下さいね」と来た。 「木下、西田先生から伝言なんだが」 もう一度メールを確認していると、井原先生からそんな事を言われた。西田先生は前にも言ったが生徒指導の担当の先生だ。ほら、あの厳しい生徒想いの。この話も前したな。 「『何かあれば力になるが、自分の行動にも気をつけろよ』だと。あいつも手厳しいな」 「いや、まあ俺が真面目にやってる訳でもないんで西田先生が合ってるんですけどね〜」 「それもそうか、ま、皆珍しい転校生だからお前のこと見守ってんだよ。頑張れよ。」 そう言われて、思わず顔が綻んだ。なんだ、嬉しいじゃないか。 こういうあたたかい雰囲気が好きで、俺はここで働いているんだと、再認識した。 「……はい、頑張ります。」 答えたところで、入口近くの席の木村に呼ばれた。 「木下先生ー!副会長が来ましたよ〜!」 「おー、今行くわ」 よっこらせ、といいながら席から立ち上がり、名簿や日誌、自前のチョークを持って入口へ向かう。最後に、井原先生に背中をバシバシと叩かれた。いや痛いからやめて下さい。 「おー、副会長さん。転校生連れてきたか……って、なんだ、ご機嫌ナナメか?」 入口の扉を出て、近くに立っていた副会長の方を向けば何時もの王子様スマイル?を貼り付けずに眉間へ皺を寄せている副会長。 確か名前は、柊 香苗だったか。 「ああ、木下先生…そろそろお分かりになるかと…ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」 やはりご機嫌ナナメというよりお怒りとお疲れなのか若干声のトーンが低い。なんか励ましてやろうかと口を開こうとした刹那、職員室前廊下にバカでかい声が響き渡った。 「あ!!香苗!!いた!!なんで置いてくんだよ!!友達を置いてっちゃダメだろ!!?」 こいつ1個のセリフで何個ビックリマーク使うんだよ。え、もしかしてこいつが転校生だったりするか? 確認のため副会長の目を見れば、ため息を吐きながら小さく頷いた。 嘘だろ。 「何ため息ついてんだよ!幸せが逃げちゃうだろ!!俺がいるんだからため息なんてつくなよ!」 「あーはい、それは大変申し訳ありませんでしたね、ほら、こちらがおま…貴方の担任の木下先生ですよ。」 お前って言いそうになったろこいつ。 副会長への認識を改めないといけないかもしれないぞ。 「おま、あなた、が担任なんだな!ですね!!かっこいいな!!名前なんて言うんだよ!教えろよ!!」 OK分かった、とりあえずお前のことは猿と呼ぶことにする。 まあ担任として生徒を無視するわけにもいかないので答えなければ。 「あーー、1S担任の木下理久だ。今からお前のクラス連れていくから着いてこい。副会長さんも教材運ぶの手伝ってくれ。」 「理久か!!よろしくな!!俺は本部 遙真!!遙真って呼べよ!!!」 「え、私までですか……」 もうこの数分でこいつの担任をするのが嫌になる。仕事やめていいか? あと副会長、逃がさねぇからな。お前。
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