萬緑五月

19/24
前へ
/51ページ
次へ
目を向け、視界に映ったのは見慣れない黒と見慣れた2つの顔。片方はニコニコ笑っていてもう片方は眉間に皺を寄せて怪訝そうにしている。まあそら寝起き数秒で引きずられてくればそうなるわな。 「うわー、クラスメイトだけどさ、こう見たらほんと王子様って感じだよね、篠目君て」 と興奮気味に語る安原の言葉を聞いて、田口が片眉を上げた。 「でもあいつ、何気に1番えげつないことしてきそうだよな」 「何となく分かるなーそれ、」 田口に吉田が同意する。 「なーんか、俺が最近読んだ小説の影響もあるけどさ、あんな感じのキャラいたんだよなあ、王子様な感じ。」 と、顎に手を当てて思い出す仕草をとる吉田が話した小説なら、俺も読んだことがある。思い出してみれば確かに、話し方や雰囲気が篠目に似ているなあとも感じる。 殺人者達の話だったのだが、その王子様も中々にすごいキャラだったのは記憶に新しい。賢く聡い子供ながら、にこやかに笑って相手に語り掛ける様もよく似ていた。 あくまで小説だが。 うーんとみんなが黙ったところで、本を読まないため話に入っていなかった岡が口を開いた。 「ま、架空のキャラに友達を当てはめて想像すんのも良くないよ、はい話題田口」 「転校生観察しなきゃだろ安原会話すらしてないし」 「え待って本部君こっち来てね?」 「「「え?」」」 バッッと顔を向ければ、確かにこちらの方へ進んでくる転校生。安原の話が本当になるなら、かなり不味い。だって声でかいし。 安原を見れば、安原もこちらを見て眉を下げていた。 岡が安原へ聞く。他3人も”やべー”というような感じの顔をして安原を見ていた。 「これどうなんの安原」 「変に手を出さない限り大丈夫だと思うんだけど…この中に生徒会と接点あった人とかいる?」 聞くと全員無いようで、変に口を出さないことと目を合わせないことを徹底しよう、ということになった。 しかし広い食堂、時々後ろを向いたり止まったりと初めての場所を観察しながら来る転校生くんが来る前に俺たちの料理が到着。 5つの料理なので、ウェイターさん二人が運んできた。 置かれた時、5人全員お礼を言って受け取る。お坊ちゃん達はウェイターにいちいち礼を言う事など無い。なぜなら、ウェイターは仕事をしているだけ、料理を運んでくるのは当たり前。みたいな感じの考え方だから。 しかし、1Sの生徒は担任の木下先生に 「相手がどんな奴でも、人の為になろうとした人に礼が言えない奴は人の上には立てん」 という教えを受けているので、お坊ちゃんでも礼を言うと思う。 よく、「今年の1Sは例年と違う」という内容のことを言われ、「木下先生は運がいい」みたいな事を担任じゃない、事務かなんかの年寄りの先生が言っていたりする。 違う。俺達が平和なのは木下先生が担任だから。あんなホストみたいな見た目だけど、すごく優しい木下先生だから、1Sは楽しいんだ。 嬉しそうに微笑んだウェイターさんが去った後、ついに近くに転校生くん一行が来た。 後ろにいる篠目は、俺たちと目が合った後面白そうに僅かにだが目を細め、柴田は恨めしそうな目線を向けてきた。 俺たちの周りに空いている席はない。どうするというのか。 しかし、転校生は俺達の隣のテーブルへ近寄り、座っていた大人しそうな小柄な生徒達に声をかけた。 「なあ!俺そこ座りたいからどけよ!!!」 は?としか言いようがない。他4人もドン引いたりイラついて顔を顰めている。礼儀というか、人としてなって無さすぎじゃないか、と。 授業中や食堂に来た時も、常識を超えた範囲で声がでかいから、マナーとしてどうかな〜くらいには思っていたが、これはない。 後ろの篠目と柴田も顔を顰め、声をかけられた生徒達も困惑していた。 「え…な、なんで」 「いいからどけよ!!俺が座りたいから!!言われたらどかなきゃダメだろ!!!」 これは流石に、と4人に目を向ける。 安原も先程まで王道だなんだと興奮していたが、常識や礼儀はしている奴なので「うわー…」という反応をしている。 座っていた生徒達も、困惑から面倒くささへ変わったのかさっさと席を立っていた。 ここで喧嘩にならないだけ生徒達は賢かったな。篠目はすれ違いざまに「ごめんね」と声をかけていた。柴田も会釈をしていたので生徒達は少し目を見開いて会釈をした後帰っていった。 「とりあえず食べようぜ、生徒会来る前に。」 と田口がいえば全員賛成し、それぞれ料理を食べ始める。5人とも少し急いで食べているのは、生徒会が来てめんどくさい事になった時に素早く撤収するためだ。 安原は噎せていた。 ​​
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1167人が本棚に入れています
本棚に追加