萬緑五月─新歓開幕─

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萬緑五月─新歓開幕─

── no side ── 週が明けた月曜、早朝5時。 普段の日程であれば、1部の運動部の朝練に参加する生徒以外がまだ夢の中であろう時間帯、野々瀬学園の全生徒が運動場に集合していた。 それもそのはず、今日から2日間の新入生歓迎会が始まるのだから。 想う相手に近づけるかドキドキする者、生徒会のジャージ姿にドキドキする者、逆に嫌な相手と同じ班でドキドキする者、遅刻ギリギリのダッシュによる動悸…… 生徒達各々がそれぞれの理由で胸を高鳴らせる中、教師たちもそれはそれはドキドキしていた。 「いやー始まるね新入生歓迎会!何そんな2人とも死んだ魚の目をしてるのさ!諦めてガラスの目をしてブルース歌おうぜ!」 「颯馬……俺そのバンド好きだから次くだらん使い方したら処す」 「え、木下それはマジ初耳学だわ、山形知ってた?」 「知ってた」 うるさい、と山形から脳天チョップを食らった三宅を哀れみながら、木下はふと自分のクラスの生徒達を眺めていた。 何しろ1Sには絶賛問題児中の本部がいるので、先生という先生、職員という職員から慰められるくらいには苦労を予想されているのだ。この2日間の簡単に言えば合宿のようなもので何も起こらないと考える方が無理がある。ここからの苦労に木下は肩を落とした。 ─────── 現在クラスごとで並んでおり、1Sの生徒達も例外なく心踊らせていた。 「俺ナマコ触りてぇ!ナマコ!」 とはしゃぐ安原。 「ニモ!ニモ見れっかな?俺ニモ好きなんよなー!」 と浮かれる岡。 「山がよかった。」 と不服そうな黒河と、ただでさえ個性的で騒がしいメンバーに加え、篠目と柴田がよく言えば見守り悪く言えば生贄となって抑えている本部がいるため、大変賑やかになっていた。 「皆で海に行くんだな!!楽しみだな!!」 「そうだねぇ」 「……おう」 「いっぱい遊ぼうな!!泳ごうな!!」 「そうだねぇ」 「……おう」 このやり取りは現在5分続いている。 後ろの列の田口と吉田が、柴田があとどれだけ耐えて返事をするか賭けようとしていた所、前ページ最後の通り生徒会が進行する開会式が始まったのだ。 ──────── 『──これにて、開会式を終了致します。各クラスの生徒は、担任もしくは学年主任の指示に従ってバスへ移動してください。全クラスの移動が完了した後に順に出発致します。』 そう副会長が締めくくり、教師陣も動き出す。例外なく、面倒臭い木下・歓声で耳が痛い山形・興奮モンスター三宅の3人も自分の担任クラスへと足を向けた。 とはいえ、このマンモス校。普通に叫んでいては声など届かない。という訳で木下はメガホンで指示を出していた。勿論、教師全員が使えば拡声器の意味などないので各学年主任と生徒会、風紀顧問達のみが使用可能な物である。 『はい1S、全員いるかーいるなー行くぞー』 木下の掛け声に、雑だなと思いつつも実際全員揃っているし木下が出席確認でミスをしたことは無いのでそのまま着いていく。 バスの座席は木下が決めたらしいため、呼ばれた人からバスに乗り込む式だ。時間はかかるが、何しろ本部がいるので下手すれば初日の朝からテンションが下がりかねない。 そしてバスの前、残り4人。 「なあ!!俺の席どこなんだ!!」 「そうだねぇ」 「……おう」 「………」 本部、篠目、柴田、そして黒河。 1Sメンバーのうち本部以外が全員冷や汗を流した過程ではあったが、結果として本部の隣は篠目となった。 しかし(田口曰く)1Sで1番ヤバそうな奴ランキング1位の篠目、ここでとんでもないことをしでかす。 そう、本部を通路側に置いたのだ。 当の本人は、さっさと窓際に座ってニコニコと事の成り行きを楽しんでいる。 柴田を通路側に差し出した黒河は、食堂での会話を思い出しながら篠目の認識を改めることとなった。
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