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「…めんどくさ……」
棚にギッシリと詰まっているファイル達の背表紙を目で追う事はや15分。
新歓も終わり、授業の無かった4時間目、適当に休もうかと考えていた矢先に林先生から書類探しのお願い。
あの人も授業が無さそうだったので単に面倒臭いだけだとは思うが、人使いの荒い先生である。
しかも全く見当たらない。
確か生徒会関連の書類ファイルだったはずだが、見当たらない。見落としているのか、ここにはなくて持ち出されているか。
仕方が無い、諦めて他の先生にでも聞こうと出口に顔を向けたところ、丁度その扉が開く。
「おう」
「なんだ平井先生か」
「なんだとはなんだ」
「いえ何も」
もう少しで脛を蹴られる雰囲気だったので素知らぬ顔をする。ついでにファイルについても聞いてみようと、木下は口を開いた。
「平井先生、生徒会の去年の役員ファイルってどこにあるか分かります?」
そう聞けば、平井は少し首を傾げて考えたあとに思い出したように、ああ、と声をあげた。
「そのファイルなら風紀が持ってってたぞ。何に使うのかは知らんけどな。なんでお前がそれを?」
「いやちょっとナマケモノのナメクジに頼まれまして」
「そのきめぇキメラは林か。あいつ本当に…」
平井のストレスゲージが少しずつ上がっていくのを感じ、退散しようと扉へ向かう。こういう時に一緒にいて八つ当たりを食らうなんてたまったもんじゃない。
「そういえば」
扉に手をかけたところで、後ろからそう声がかかる。返事をしようとして振り向けば、想像よりも近い距離にいる平井に木下は肩を跳ねさせた。
「えっと、なんですかね」
答えると同時に、平井の手が木下の顔のすぐ左の扉に置かれる。
「最近林に気に入られてるみたいだな」
感情のわからない瞳で見下ろされる。
こんな時でも、あと少し身長があれば、と木下は考えた。
「それは…知りませんけど、なんです」
か、と言い終わる前に口を閉じる。
言葉を止めたわけではなく、反射的に、だ。
薄い唇が自身のそれに重なっているのが分かる。突然の出来事に、木下は思わず目を見開いた。今更キスで顔を赤くする程ウブではない。
なにより、どの生徒にも言っていないが木下はノンケだ。女性と体を重ねたことのある木下にとって男とのアレソレなど不快なだけであり、行為による快感を感じても決して気持ちよくなる事はないのだった。
しかし、本人がどうであれ狙ってくる輩も少なくなかったわけで。それはこの学園で働き出してからに限らず、学生時代誰にも劣らない容姿から、狙われることは多々あった。
決してそれらを受け入れることのなかった木下にとって、慣れることのない感覚に体が強張る。
開くまいと力を込める頬に、平井が手を添える。細い指で開かれた自身の口内に、相手の舌が侵入してくるのが分かった。
「う、んぅ」
小さく声を漏らせば、平井の目が細められる。もがいても外せない拘束に、改めて力の差を知る。
実際には十数秒といったところか、体感的には何十分と感じる時間に終わりを告げたのは、唇が離れた時の息を吸う音だった。
「…お前、赤面すらしねぇのかよ」
「それほど純粋な人間でもないんで…あと一歩でぶん殴ってましたね」
「それにしては大人しかったな?」
唇を拭き、ドアノブに手をかけた木下は少し振り向いて口を開く。
「直感です。学生時代数々の危機を乗り越えてきたんで。悪いけど俺の全てを捧げる人の席はもう満席ですよ」
そう生意気に笑って、ドアを叩きつけるように閉めて立ち去ったのを見て平井の口角が上がる。実際、反応されればそれ相応にステップを進めようと考えていたため勘は外れていなかったのだが。
後輩は思ったより腹が立ったらしい。
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すぐ近くの水道で口をゴシゴシと洗う。うがいをしようと、水を口に含んだ。学校の水道といえば少し錆びた物を想像しがちだが、金持ち校ということでお察し頂きたい。
ぺしゃり、と水を吐く。
タオルで口元を拭って、深く息も吐く。
ここしばらく感じていなかったため、なかなか消えなさそうな感覚に心底ウンザリした。
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