萬緑五月

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「んで、用事ってなんすか?」 「会いたかっただけって言ったらどうする?」 「(主に下半身を)再起不能にします」 「副音声がはっきり聞こえたのは初めてだ…冗談だよ、そこにかけて?」 言われて革張りのソファに腰かけた。 座り心地は最高である。 隣から「お手伝いします」と小声で話しかけてきた辻宮さんとは後で連絡先を交換しておこうと思う。 「じゃ、ここからは仕事の話。」 そう言って雰囲気を変えた理事長は、語彙は消えるがやはり”理事長”なんだと実感させるような笑みを浮かべていた。 「多分君のクラスの生徒の中でも話題になっただろうけど、増えた席の事。」 理事長はそのまま流れるように言う。 「転校生が、来るんだ。」 自分が発した言葉に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる理事長に、何かあるんだろうなと察する。面倒事に巻き込まれそうな雰囲気出してるし。 「その転校生、何か問題でもあるんですか?ここに入るって中々頭が無いと無理ですよ」 言うと、更に理事長は親の仇でも見つけたかのような目付きでソファの前にあるテーブルを睨んだ。 「まあそうなんだけどね。残念ながら僕の甥なんだ…だからと言って可愛がる訳がないんだけれどもね?血の縁は切れなかった……」 「そんなに厄介な奴なんですか?その転校生クンは。」 「うーん、僕が可愛がらないのは愛想が悪いからだよ。厄介かというとそうでもないかな…いや……」 そう続けようとして何かを思い出したように言い留まる理事長に疑問の目を向ける。 「それで?厄介なんですか?」 「……会ってしばらくしたら分かるよ。とにかく、君のクラスに1人転校生が入る。揉め事はあるかもしれない。君のクラスはSにもかかわらず珍しくいいクラスだから荒れないよう気をつけてあげてくれ。」 はあ、と溜息をついた理事長はそう答えた。それからもうその話題は終わりらしく、出された紅茶を渋々飲んで理事長室を出た。 しかし扉の前で辻宮さんに呼び止められる。 「木下先生…いいでしょうか、」 そう言われて差し出されたのは最新のスマートフォン。以心伝心ここに在り。やはり誰から見てもこうなるということだ、あれは。 素早くスマートフォンを出して連絡先を交換。その後辻宮さんは理事長に呼ばれたためお辞儀をして戻っていった。 これで面白い話が聞けるだろう…HRで暴露してやろ。 ────────────── ┈ 「辻宮くん…何かあったのかい?」 「いえ、何も?理事長は早く仕事をどうぞ」 「あっはい…」 (…すごい嬉しそうだな…) ────────────── ┈ 楽しみだなーと思いながらもう一度渡り廊下を歩く。結構時間が経っていて、2限目はあと20分。1度職員室に戻るか、と進行方向を変えて目的地へと向かった。転校生が来るならば教材やらなんやらも整理しなければ。多分俺の机にまとめて置かれているだろうし、早く片付けないと生活顧問やら風紀顧問やらがめんどくさいし。 少し早歩きで行き、職員室に到着。 自分のデスクへと向かえば、ド真ん中にたっぷりの教材が置かれていた。もうちょい気使って置く場所考えろコラ配達員。多分新人の方だろ名前覚えてないけど。 またひとつ溜息を吐いて片付けに取りかかる…最近ため息多いな。 と、嫌な予感。 「おう木下コラ、俺にそんなに注意されたいのか?あ?」 最低最悪絶体絶命。 この漢字8文字が頭の中で即時に出てくる位には俺はこの人が苦手である。 名を平井涼介。3S担任の風紀委員顧問、そして補佐含め3人の社会科担当のうちの1人。 ちなみに朝も思い出したが5日前にも注意された。さすが俺だな、最悪。
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