月の雫

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 エリちゃんと私は、幼稚園のスミレ組さんで出会った。迎えに来るお母さんはいつもきれいなワンピースを着ている。私のお母さんは働いているから迎えに来てくれなくて、近くに住むおばあちゃんが迎えに来てくれていた。幼稚園の帰り道に、エリちゃんのおうちで遊ぶのが楽しみだった。だってすごく広くて、楽しいんだもの。  でも私はその日、上の空だった。エリちゃんのお母さんの香水『月の雫』が気になって仕方なかった。エリちゃんが私に見せてくれて、そのままテーブルに置きっぱなしだ。もうそこに置いたことを忘れちゃったみたい。マシューくんはずっと絵本を読んでばかりで、私たちの遊びには入っていなかった。青い瓶は、静かにそこに立ったまま。 「おしっこ行ってくる!」  エリちゃんがトイレに行っている間、ぽかんと部屋が歪んだみたい。私は『月の雫』をそっと自分のポケットに入れた。  ポケットに入れたと同時に、おばあちゃんがエリちゃんのおうちまで迎えに来た。私は逃げるようにエリちゃんのおうちから去った。エリちゃんの顔もエリちゃんのお母さんの顔も、よく見ることができなかった。
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