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プロローグ
嫌な予感はしていた。
だってあの電話が鳴った時、一緒にいたのは俺だから。
戸惑うように顔を寄せてきたあいつに、少しだけ身体を強張らせながらそれでも慣れた風を装って静かに目を閉じた。
きっと俺のなけなしのプライドなんてお見通しだと思ったけれど、恐る恐る触れた唇が思ったよりも冷たくて俺の心臓がドクンと跳ねた。
重ねただけの唇にドキドキして数秒。鳴った電子音はあいつの携帯電話。
深夜一時近くに鳴った非常識な電話も直属の上司からの物だと分かったら瞬時に納得も出来た。
画面に見えた着信相手にあいつは瞬時に普段通りの顔付きになった。
「はい、もしもしーーー。」
斜め上に見上げたあいつの、首筋から伸びるラインがぞくりとする程セクシーで。俺は思わずゴクリと喉を鳴らして、そんな欲望が俺の中にもあったのかと驚いた。
話しの長くなりそうな気配に、俺はあいつの腕の中からするりと抜け出して、一つ溜息を吐いてから部屋にあったメモ帳に『先に帰る』と書いて部屋を出た。
「ちょっ、待てよっ。」
あいつの焦ったような声が聞こえたけれど従順におまえを待ってる愚かな恋人にはなってやらない、とやっぱりプライドばかりが先に立って、後ろも見ずにドアを閉めた。
本当はもうワンステップ先に進めようと、俺にとっては一大決心した夜になるはずだったのに。
結局何の進展もないまま今日も夜が過ぎる。
「はぁ・・・何やってんだろう。」
口説かれ請われて、恋焦がされて、結局好きになってしまったハズなのに、追いかけても来ない恋人を思って寂しく家路を歩く。未だキスどまりな自分には、そこそこの餌でも十分だと思われてしまっているのだろうか。
ポケットの中で振動している携帯電話には、きっと上司からの電話を切った恋人の名前が表示されているだろうけれど、言い訳のような言葉を聞きたくなくて無理に電話には出なかった。
あの時ーーーあの電話に出ていたならば。
俺はあの夜を後悔せずに済んだのだろうか・・・。
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