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「大統領!今回ばかりはお願いしますよ!人命と国の未来がかかっているのですよ!皆も必死で対応してくれているのです!さあ、お言葉をお伝えください!」
自身のスマートフォンを大統領の目前にぐっと突き出し、秘書官が言い放つ。
大統領には、やらなければいけないことを先延ばしにする、というクセがあった。しかもかなり強めの。
「そんなことは、わかっている!……今、何と言うか考えているところではないか!」
「ま~た、そうやって!いつもいつもいつもいつも、先延ばしにして! 」
「う、うるさい!」
親子の他愛のない言い争いにも聞こえるこの会話は、国の中枢が怪獣に襲われているという、超非常事態を目の前にした、その国の大統領と秘書官、成人男性二人の会話である。
「一言何か言えば良いではないですか、どうせあなたが何かをするわけではないんですから」
そう言われ、ぐうの音も出ない大統領。しぶしぶ、ポケットからスマホを取り出す。しかし、まだ煮え切らない様子で電源を着けては消し、着けては消しを繰り返している。
「大統領……?」
「こういう時、何と言えば良いかわからないんだよ!」
「ならば、聞けばいいではないですか!」
「な、何と言えば良いのだ!」
「少しはご自分で考えてください!」
「なぜ私が考えなければいけないのだ!」
「あんたが大統領だからですよ!」
二人が異国の地でケンカをしているこの間にも、ホワイトハウスではおそらく怪獣が暴れているのだろう。
「違う違う、こんなことをしている場合ではない。とりあえず、私が奥様にお電話して、もう一度状況確認をします」
秘書官が頭を振り、冷静さを取り戻した。頬の赤みも少しずつ引いてきている。
綺麗に整備された人工芝に座り込み、いじけ始めていた大きな子どもは、パッと顔を上げ立ち上がり「さすが優秀な私の秘書だ!今、丁度その指示を出そうと思っていたのだ!」と明るく言った。
そんな彼を横目で見つめながら、秘書は内心で大きな舌打ちを一つ打ち、大統領夫人を呼び出した。
「もしもし!奥様ご無事ですか!?……ああ!それは一安心でございます!……はい?あ、はい少々お待ちください」
「どうした?」
電話口を押え、秘書官が首を振りながら、消え入りそうな声で「大統領に代われとおっしゃって……」と言った。その顔は先程、怪獣出現を伝えたときよりもさらに青く、スマホを差し出すその手は小刻みに震えていた。
「……お前の方でどうにかしてくれ」
「ダメです!」
「……じゃあ、一旦切ってくれ……後でかけ直す」
「またそれですか!」
「いい加減にしてよ!」
数千キロ以上離れたホワイトハウスからの怒号が、二人の耳元で響き渡った。スマホを慌ててスピーカーに設定し、小さな画面をのぞき込む。
「あなたは、いつもいつもいつもいつも、いつも、いつも、そう!後でやる~、明日やる~、今からやろうと思ってた~って、何それ?どこまで子どもなの!?マイケルでもそんなこと言わないわよ!」
「そうだよ!ボクは宿題もママに言われたことも、スグにやるよ!」
マイケルとは来月10歳になる彼らの一人息子である。彼は母親に似たらしい。
「ホワイトハウスで怪獣が暴れてるって言われて、一時間なんの音沙汰もない大統領って何なのよ!」
「……いや、だから、今から指示を出そうと……」
「あんたが何の指示を出すのよ!こっちはもうジョンが解決してくれました!さすが最高指揮官ね!」
二人の知らぬ間に怪獣問題は解決していた。
思いも寄らない展開に脱力する二人。ケンカをしながらも張り詰めていた緊張の糸が一気に解れる。
「ああ、よかった!怪獣は倒せたんですね!」ホッと胸を撫で下ろしながら秘書官が言う。
「倒してないわよ?」
「……ん?」
思わず出た、フ抜けた声が揃う。
「怪獣、倒してないわよ」
「どういうことだ?解決したんじゃないのか?我々にわかるように説明してくれ!」
「奥様、お願い致します!」
状況が全く理解できない二人に、電話の向こうから二人と一体の笑い声が聞こえる。
「そうね……後で!言うわ」
笑いを含んだ声で、そう言い残し電話は切られた。唖然として思わず顔を見合わせる。
「どういうことだ?」
「わかりません……怪獣を倒していないのに解決とはどういうことなんでしょう?後で言うとおっしゃっていましたが……」
眉をひそめ、口を噤む二人。頭の中は数々の疑問で埋め尽くされている。どうやって解決したのか、ホワイトハウスは無事なのか、怪我人はどうなったのか全くわからない。更に言ってしまえば、怪獣が出たのは事実なのかもわからなければ、そもそも怪獣とは何なのかもわからない。考えても考えても一向に答えが出る気配がない。
「あ!大統領そろそろお時間です。戻りましょう」
頭を抱えている間に、首脳会議が始まる時間が来てしまったようである。大統領は自国に降りかかった大きすぎる心配事を残しながらも、国のリーダーとして会議に出席するために、居心地の良い日陰を後にした。
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