第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事

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「交渉とは……いったい何を交渉するんだ」  アベルの言葉に、レティシアもレオナールも頷いた。ジャンの言葉は、いつも唐突すぎる。 「なに簡単ですよ。この書状に書かれている税の代わりに、王都での祭りに必要な物資を納めてやるんです」 「は!?」  ジャンがさっと紙を差し出した。祭りの不足分を、予想でだが、ざっと算出したものだった。追加の課税分も祭りの不足分も、大差ないものだった。確かに代替案にはなるかもしれない。 「だがそんなことをして意味はあるのか? 結局は同じだろう」 「いいえ、同じではありませんとも。意図はこうです。 ①相手の思惑を言い当ててやることで、必ずしも思い通りになってやる気はないと示す。 ②でも欲しがっているものは気前よく出してやる ③その代わり、こちらの要望も通すよう言う 従順な家臣の振りをしてやるが、貸し一つだぞってちゃんと強調しておくんです。あと、俺たちが納めてやるものが何に使われるのか、より明確になっていた方がいいでしょう」 「一ついいかしら?」  レティシアが手を挙げると、ジャンはニヤリとして促した。 「確かに何に使うかの用途は明確になるけれど、実際に目的通りに使われるかはわからないわよ。そのあたりの監視は?」 「レティシア様は手厳しいですねぇ。だが鋭い。必要量を多めに申し出て、余剰分を自分たちの懐に……なんて事態もあり得ますしね。だからもう一つ条件……④祭りの進行監査にうちから一人派遣すること、です」 「なるほど、相手方の言い分と、こちらが算出した量とを照らし合わせて、法外な量をふっかけられないようにするんだな」 「その通り。それには確かな算術の技能と、交渉力を併せ持った人が行かなくてはいけないですが……」  ジャンがチラリとレオナールに視線を送った。レオナールは、苦笑してそれを受けた。 「あなたもでしょう……と言いたいところですが、私が適任でしょうね。バルニエ領運営管理役の肩書きがありますから」 「そうそう。俺みたいな半端物の商人が行くより、領主が最も信を置く監査役を送り込む方が効果的でしょう」 「待て待て待て! 勝手に話を進めるな! お前らは放っておくとすぐに俺のことを無視して突っ走るな」 「何も仰らないから賛成して頂いているんだとばかり」 「呆れているだけだ。それで? 肝心なことをもう一つ訊いていないぞ」 「何でしょう?」 「条件に挙げていた、『こちらの要望』とは何だ」  ジャンは、またヘラヘラ笑って答えた。まるでアベルを試しているかのように。 「それはアベル様のお心のままに」 「……いいのか? 俺は、このバルニエ領のための要望を出すぞ。いいんだな?」  「それがアベル様の望みなら、俺は従います。おそらく、弟も」  ジャンの横では、アランがぶんぶん頷いている。 「ならば、俺は教会にかけあって、聖木の分枝を願い出るぞ」
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