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その扉は開閉時、必ず木の軋む音が聞こえる。特徴的なその音はエントランスと外とを繋ぐ扉でしか聞こえない。
だから、双子の片割れが帰ってきたと思っていたのだが……。と、視界の端に何かが映る。──手紙が、落ちている。
羊皮紙の手紙は無造作に床に落ちており、急にそこに現れたかのような印象を与えた。
「……手紙……?」
蝋封されたそれを開け、中に入ってる紙を取り出す。
──黄道十二宮で待ってる。 ポルクス。
「…………え?」
思わず声を漏らし、眉を寄せ訝しむ。
黄道十二宮とは、最高神ゼウスが御座す星座宮のことだ。
ここから遙か遠くの方に見える厳かな塔は、例え星神だとしても簡単に赴くことは許されない。
そんな所に何故、彼女は呼び出したのだろうか。黄道十二宮など行ったことがない。
ある程度の方角は分かるが、外になど出たことのないカストールは行き方すらも知らない。
それに、ポルクスとの約束である「外に出てはいけない」──これを破ることになってしまう。
だが、約束をした当の本人が黄道十二宮まで来いと言うではないか。普段のポルクスからは考えられない矛盾に、カストールは左右色の違う太眉を寄せる。
暫し逡巡するカストールだったが、決心したように顔を上げると、手紙をポケットに入れる。
「ポルクスが待ってる……なら、行っても、いいよね?」
まるで自分に言い聞かせるかのように呟く。矛盾点はあるものの、約束をした本人が来い、と手紙を寄越したのだ。
だったら、行ってもいいはず。──屋敷の外に、出てもいいんだ。不意に訪れた、外への興味。
未だ全貌を知らないアストラの風景を、空気を、感覚を、自分自身の目と身体で体感してもいい。
心の奥に閉じ込めていた興味が沸き立つ。カストールは喜びにも似た感情に、思わず苦笑する。
ポルクスの思いやりを無下にした自分の感情。危険だと言われる外の世界。未だ魔法を器用に扱えないこの身。
なのに、興味が、渇望が、胸を満たす。
外には、煌々と輝く巨大な月があるという。本当だろうか。
外には、灼熱の砂漠や凍て付く雪原の星座宮があるという。本当だろうか。
外には、人々の欲や念を集めた欲念時計があるという。本当だろうか。外には。外には。外には。
本で読んだ様々な事柄を思い出しては、外への興味に思いを馳せる。ああ、駄目だ。
気の遠くなるような年月、抑えていた感情が途轍もない反動となり、思考を支配した。
──外に、行きたい。
この胸を焦がす感情を理解した瞬間からの、カストールの行動は早かった。
念の為のアストラの硬貨──全財産五百ポルン──を自室から持ち出し、水分は大事と本で読んでいたので、小瓶に補給用の水分。そして、ポルクスの手紙を二枚。
それらをポケットと小さなポーチに詰め込み、玄関へと急ぎ足で向かった。
その時のカストールは、外に行けるということもあってか、柄にもなく浮かれていた。元々集中すると周りが見えなくなってしまう質だ。
そのため今回も、目の前の興味に意識が向いていた。だから、気が付かなかった。
──徐々に強くなっている、悪魔の気に。
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