第一章「狂詩曲」──悪魔──

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え、と何が放たれたのか目視する間もなく、左頬を鋭い痛みが走る。 背後の扉に重い何かが激突するが、一瞥するもドアが抉れただけ。何も刺さったり落ちたりしていない。 非物質による衝撃。 それも高エネルギーによるもの。その正体は、自分もよく知っている。 ──魔法だ……っ! 明らかな殺意を含んだ攻撃魔法が、カストールの左頬を切り裂いた。脈打つ鋭痛が、左頬を契機に全身に分散する。 「っい……!」 痛みに手を当てる。ぬるりとした液体が傷口から流れ落ちていた。液体の付いた手を恐る恐る確認する。 真っ赤な、液体。 その液体の正体に気付くや否や、一気に血の気が引いた。 その間にも青黒い炎は勢いを増し、そして、静かに爆ぜた。魔法を放った人物が、完全に姿を現す。 その男は、静かに佇んでいた。 袖口がゆったりとした白のシャツに、首元には一段のジャボ。 光を反射しない黒のジレと、身体に沿ったズボンに膝下までのブーツ。 腰のベルトに淡い光が浮遊するランタンを提げ、左手には目を引く手枷。 いや、何よりも目を引いたのは──色素を全く感じない白髪から覗く、血を垂らしたような真っ赤な瞳。 背筋を冷たい感触が駆け巡る。 真紅の瞳は──悪魔の特徴だ。 肌と髪の白さがあってか、より一層赤い双眸(そうぼう)が目立つ。何故、悪魔が屋敷内にいるんだ。 通常、星神の屋敷に入るには、星神本人の許可が必要となる。自分は許可した覚えなど勿論ない。ポルクスも不在だ。 そもそも、悪魔に許可を与えるはずも。考えを巡らすが、混乱する一方だった。 そんなカストールを待つはずもなく、光が射し込んでいない瞳孔まで赤い目の持ち主は、彼を睨め付けながら、歪んだ笑みを見せる。 「頭を狙ったつもりだったけど外れたか。残念、実に残念」 耳障りな嗤い声を漏らす。 頭を狙った、という言葉に更なる恐怖が募る。先程の攻撃には明らかな殺意があった。 不死身である星神でも、あんな攻撃が直撃したら一溜りもない。 ──確実に……ぼくを……っ? 男の意図に気付き慄然とする。 「あ、あんた……誰なの……っ!? か、勝手に家に入って……っ!」 震えを必死に押さえ、悲鳴にも似た声音で叫ぶ。男は口角を上げているのに、目の奥に何の感情も感じない。 時折感じるのは、黒に黒を混ぜたような明らかな殺意だけ。男は更に嗤ってみせる。 「ははっ、本気で言ってるんだな。……いいぜ、教えてやるよ」 男の言葉に少し違和感を覚えるが、考える間もなく男が名乗り出す。 「俺様は──大悪魔ルイ」
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