第一章「狂詩曲」──悪魔──

5/8
前へ
/21ページ
次へ
「ふ、ざけないでよ……っ。ぼくは、クックロビンじゃないんだ……っ! は、早く出てって……っ!」 声帯が満足に動かず、言葉に詰まる。それでも何とかして、この絶体絶命が体を成したような状況を打開しなくては。 全身が粟立つほどの恐怖が、覆い尽くそうとばかりに身体を縛り付ける。 悚然とする心を奮い立たせようと、声を精一杯張り上げるが、結局絞り出されたのは弱々しい音。過呼吸気味なのか、息が上手く吐けない。 そんな少年を見遣り、ルイは一瞬だけ片眉を上げたが、すぐに下卑た笑顔を浮かべる。 「出ていけ? くくっ、それは無理な相談だなぁ、クックロビン。お前はここで──死ぬんだよ」 開き切った赤い瞳孔に睨まれれば、(たちま)ち身体は(おびただ)しい手に雁字搦(がんじがら)めにされたように、指の先まで動けなくなってしまった。 頭がイカれているように見えるが、元より悪魔はこのような者が多い。 原因は人間の負の感情。 悲哀、憎悪、憤怒、絶望。どれをとっても、精神が狂うには十分。 純粋なる悪魔も人間からの転生者も、負の感情に従い行動する。例え猟奇的で凄惨な行為でも何も(いと)わずに行動に出られるのだ。 その為、悪魔は世界を混沌へと導く危険な存在と呼ばれており、排除しなければいけない者として扱われている。 そんな悪魔が目前に迫る現状は、非常に危機的状況であった。現状打破のための行動を算出しようと、必死で脳を動かす。殺される訳にはいかない。 ポルクスが黄道十二宮で待っているのだ。彼女からの手紙が入ったポケットを握り締める。 ──絶対に、死ぬもんか……っ。 だが、恐怖で満たされた心は正直だ。 彼の意思に反し、じりじりと後退した。 その時であった。 ドアノブが背中に当たったのは。カストールは、ハッと目を見開く。何故気付かなかったのだろうか──外へ続く扉の存在に。 一縷の光明が見えた。 大きく心臓が脈打つ。 失敗したら一巻の終わり。 ルイに気付かれないように、慎重に、後ろ手でドアノブに触れる。 勢い良く回して、扉が開くと同時に出る。目は離してはいけない。今、離したら確実に殺される。 浮遊する無数の藍緑色の刃が、一気に全身を貫くだろう。思わず喉がひゅっと鳴る。 悍ましい未来を想像し恐怖に震えるが、何とか払拭した。そうならない為にも、一瞬を見逃してはいけない。 この数分からして、ルイの殺気には多少の波があるようだ。殺気の波の弱まった時、つまり隙が出来た時が唯一のチャンス。 今か今かと、心臓が早鐘を打つ。 悟られてはいけない。目前の悪魔の殺気が弱まる時を、冷静に見据える。 瞬間、震えるだけで何もしてこないカストールに拍子抜けしたのか、ルイの殺気が弱まった。 ──今だ……っ!! 勢い良くドアノブを回し、扉を外へと押す。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加