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凄惨な笑みを浮かべたと同時、藍緑色の刃をカストールに素早く投げ付ける。
ヒュッと空気を切り裂く音がしたと思う間もなく目前に鋭い刃が近付き──無我夢中で身を捻り凶刃から逃れる。
右耳に激痛を走らせ、刃は後方の扉に小気味良い音を響かせ突き刺さった。床にぱたぱたっと赤い雫が垂れる。
忙しない鼓動が、短く早い呼吸音がうるさい程に鳴り響く。再び頭を狙ったようで、先程まで頭があった位置に真っ直ぐ深く、突き刺さっていた。
一気に血の気が引き、歯の根が合わずガチガチと震え出す。
「へえ」
赤い目を細め嗤うルイ。
「このナイフを避けるか。形はガキでも、さすがクックロビンだな」
旋回する刃を掴み、ゆっくりと近付いてきた。
「だ、だか……だから……ぼくは、クックロビンじゃ……っ」
言葉が出ない。
怖くて、堪らない。
「そう言ってられるのも今のうちだ」
わざと靴底を鳴らし近付いてくる悪魔に、心底恐怖を覚えてしまったのか、それ以上行けないのに後退しようと身動いだ。
「やめ、て……やだ……っ」
何か、打開策。駄目だ、何も思い浮かばない。早く、何とかしなければ。動け。どうにかして、動け。考えろ、考えろ。
満足に呼吸もできない中、必死で脳を回転させる。その最中、不意にある記憶が呼び起こされた。
最近まで全く思い出さなかった、あまりに古い恐怖の記憶。その時の光景と、今が、重なる。
悪魔が手を伸ばし、逃げられないようにカストールの胸倉を掴んで扉に身体を叩き付けた。
ザザッとノイズが走る。──あの時も逃げられないように床に押し付けられた。
右手に持つ藍緑色の刃を振り上げるルイ。
──あの時も、鈍色の刃が振り上げられていた。ザザッとノイズ。
悪魔が残酷な笑みを浮かべる。灯りを受けた刃がギラリと輝く。遠くで、時計が低く鳴った。──ああ、痛い、辛い、苦しい。
「やめて殺さないでっ!!」
途端に堰を切ったように叫んだ。今まさに刃を振り下ろそうとしていたルイは、少年の張り上げた叫び声に動きを止めた。
「いやだ、やめて……っ! ……おね、お願い……殺さないで、ください……っ。ぼくは、もう──……っ」
叫び声はいつしか悲痛な懇願へと変わる。悪魔に懇願するなんて、星神にとって有り得ない失態だ。
本来なら星神としての責務を全うするため悪魔と対峙し、排除すべきなのに、心も身体もどうしようもなく言うことを聞かない。
僅かに掠っただけの左頬が、右耳が、じくじくと鈍い痛みを放つ。
掠り傷でもこれほど痛いのに、あの鋭利な刃で穿たれたら──想像に難くない程の痛みが襲いかかることだろう。
目の前の悪魔より何より、カストールにとったら痛みの方が恐ろしく耐え難かった。
小刻みに震駭する少年に、初めてルイは怪訝な表情を浮かべた。赤い双眸を細め、自身の下で青褪めているカストールを見定めるかのように凝視する。
そして、胸倉を掴んでいた手を離した。思わず驚いてルイを見遣ると、先程までの怪訝な表情は何処へやら、再び見下すかのような笑みを浮かべていた。
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