第一章「狂詩曲」──覚醒──

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途中、書庫室から借りてきた本の山がマントに引っ掛かり崩れ落ちた。 さすがに早く返さねばならない、と思いながらも明日にしようと本の雪崩を無視して扉を開けた。 すると、にゃあ、と可愛らしい声が足元から聞こえてきた。ふと、下を見遣る。 「……?」 黒猫だ。小さな黒猫が足元にちょこんと座っている。全てを見透かすような深紅の瞳が、じっとカストールの左右違う色の瞳を見ていた。 黒猫。黒猫。 呆然と黒猫を見つめていたが、すぐにハッと意識を覚醒させる。 まさか、立ったまま寝ようとしていたのか。いよいよ自分の体質に呆れを覚えた。 まだ寝惚けているのだろうかと思いつつ、しゃがんで黒猫に話し掛けた。 「ロビン、どうしたの?」 にゃあ、と一声。 「遊んでほしいの?」 にゃあ、ともう一声鳴き、ブーツに頬を擦り寄せる。何と愛らしい使い魔だろうか。思わず微笑んでしまう。 「ごめんね、また後で」 そう言うと悲しそうに、にゃあ。 黒猫はふいっと顔を逸らし、毛繕(けづくろ)いを始めた。 気紛れなその態度に可愛いなぁ、と微笑み、ポルクスの自室へと向かう。 彼女の部屋は反対側。ブーツの踵をこつこつと小気味良く鳴らしながら、その部屋を目指す。 小花が可愛らしく彩られたリースの飾られた扉。その向こうがポルクスの部屋だ。何度かリズム良く木製の扉をノックする。 「ポルクス、いる?」 応答はない。 再びノック。 「……ポルクス?」 ──いないのかな? いつもなら間髪入れずに扉が開かれ、自分によく似た顔の少女が満面の笑みで飛び付いてくるのだが、今日はそれがない。 少し(はばか)られるが、一応誰もいないことを確認するため、カストールは扉を開けた。 軋みながら開く扉。だが、その向こうには誰もいなかった。しんっと無音が耳を突く部屋に恐る恐る入る。 天真爛漫な家主がいないだけで、こうも不穏な空間へと変貌するものか。 いつも明るい部屋は、照明が消えているのもあって薄暗く背筋を撫でる寒気がした。 「……いない。……どこいったのかな?」 ──……一階にいるのかな? 自室にいないということは、一階で食事の準備等をしているのだろう。カストールは部屋を後にしようと踵を返す。 その時だった。扉近くの机から本が二冊、何の前触れもなく音を立てて落下した。びくっと体が思わず反応する。 本が落下した方を見る。 落下したのは、どうやら赤い表紙の日記帳と青い表紙の絵本。 赤い表紙の日記帳は、ポルクスが毎日欠かさずにその日の出来事を綴っているノートだ。何故落ちたのだろう。
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