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疑問に思いながらも机に戻そうと手に取ろうとする。だが、たまたま開かれていたページの文字を見て、動きを止めた。
──あのヒトが来る。
日付もなく、何故か中途半端なページに書かれていた脈絡のない一行に訝しみ、首を思わず傾げてしまう。
急いで書いたのだろう。普段の可愛らしい丸文字ではなく、切羽詰まったような走り書きだ。一体どういう意味だろうか。
「……うーん……ポルクスに訊いてみよう」
恐らく一階にいるだろうポルクスに、この走り書きの真意を聞くことにし、日記帳は元の場所に戻した。
日記帳の下敷きになっていた青い表紙の絵本も机に置こうとするが、手に取り、再び動きを止めてしまう。
今度は訝しさからではなく、懐かしさからだった。絵本の埃を払い、題名を見て思わず顔を綻ばせる。
「……『星の海のアネモネ』だ。ふふ、懐かしいな」
『星の海のアネモネ』は、昔から読んでいた絵本だ。双子として生まれた少女と少年の、切なくて優しいお話。
思わず表紙を指で掬い、カストールはその場で読み始めてしまう。
──むかしむかしのお話です。あるところに小さな双子が住んでいました。
──双子の片割れは村人達と同じでした。しかし、もう一人は村人達と姿形が違うせいで無下に扱われていました。
──それでも双子はお互いがお互いを必要とし、二人で支え合って暮らしていました。しかし……。
「……あれ?」
絵本の違和感に気付き、再び首を傾げる。不思議なことに、最後の四ページが破けて無くなっていたのだ。
この絵本を読んだのは数年前だが、その時にはまだページはあった。
それ以降に読んだ覚えもないので、乱暴に破かれていることに驚いてしまう。一体誰が。答えは簡単だった。
この屋敷にいるのは自分と黒猫。そしてもう一人──ポルクス。絵本を保管していたこの部屋の主であるポルクスしか、破ることは出来ない。
彼女は何故、最後の四ページだけを破いたのだろうか。最後の内容を思い出そうとするが、もう何年も前の記憶だ。朧気で曖昧だった。
とりあえず、とカストールは絵本を持ち、立ち上がる。一階にいる少女に訊けば真意が分かるだろう。
ポルクスの部屋から出て、階段を降りていく。リビングに続く扉を開け、中を見渡すが、そこにも自分によく似た少女はいなかった。
もしや料理を拵えているのか。
そう思い、キッチンも覗くがいない。
まさかお風呂か。
ノックして恐る恐る覗くが、いない。
書庫室。いない。
そこまで確認し、漸く理解した。──この屋敷に、ポルクスがいないことを。
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