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暫くして新妻は面会に来なくなった。待っていてくれると思っていたが、子供が産まれたかどうかさえ知らせて来なかったのは腹が立った。辛く寂しい思いをさせている俺に憤慨する権利は無いが。
その間も毎回消印の異なる所在不明のボスからの手紙が頻発に届いた。あんなに派手だったボスには似つかわしくない質素な便箋に丁寧な言葉遣いと美しい文字で俺への心配が綴られていた。嬉しかったが俺が知りたいボスの近況は全く書かれていないのが寂しかった。俺は返事の手紙の送り先が分からないことに悩んだ。
寒い冬の日、刑期を終え出所した俺を迎える者は居なかった。小娘からもう母になっただろう妻にメールを送った。既読は付かなかった。俺でさえこんなに早く出れるなんて思ってなかったから、彼女も受け入れる心の準備をしていないんだろう。
「まあいいさ」
と独り言ち、不安を煽る冷たい風に細やかに抵抗する為に革ジャンの襟を立てた。
極端に本数の少ないバスが来る間、俺が「歯磨き粉」ってニックネームで呼んでた元部下に電話した。
「例の件......どうだった?」
「今日中になんとかなりそうですよ。もう少し時間を下さい」
「手間掛けて申し訳ない」
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