金庫破りのクリスマス

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 あの日のボスは膨らんだ裾とウエストの絞られた襟の大きいストライプのワンピースを着ていた。「勝手にしやがれ」のジーン・セバーグらしいが、そう言われても全く誰だか分からない俺はそれが本来の素顔なのかと勘違いしベリーショートなコケティッシュさにドキっとした。 「あはは、これも仮面だよ」  ボスは顎の下を捲って安部公房の小説のような他人の顔を剥ごうとしたが途中で悪戯に止めた。  俺は舌打ちして煙草に火を点けたマッチを指で弾いた。    ボスのことは信頼していたが、素顔を見せないのは本心を隠しているってことだ。女になったり男になったりしながら俺に熱い眼差しを向けるのも形而上学的な裏ある思惑を感じてしまう。  俺の特技は指先や鼓膜の神経を鋭敏にしてダイヤルの迷宮にある極微の蜜穴を探りどんなに小さな喘ぎも見落とさないことなのに、ボスの巨視的な野望は手探りしても何も見えも聞こえもしない。幹の根本から見上げても高さや太さは感じるが離れて見ないと繁る巨木の全容が分からぬように、知らぬ間に組織は枝葉を拡げていた。
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