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怖いもの知らずの痛快な日々がずっと続くと思っていたが心のどこかでは崩壊が怖かった。
毎夜の酔いどれた俺はお気に入りの酒場の小娘を妊娠させてしまった。彼女に対して愛があったのかどうかも分からなかったが、詩人を気取って甘い言葉を吐いたのは憶えている。もう既に充分稼いでいたから崩れ落ちる前に小娘と世帯を持つのも悪くはないと考え、足を洗う旨を告げにボスの元へ向かった。
あの日のボスの格好は、ダルメシアン柄のフェイクファーのAラインの裾から覗かせた白い膝丈スカートと白いタイツと白い靴で、長いマフラーと手袋だけが赤だった。髪型は俺がドキッとしたジーン・セバーグのときに似たブロンドのベリーショートで、俺が孕ませた小娘よりももっと若い華奢で無垢な少女だった。
「今日は誰なんすか?」
「ミア・ワシコウスカのアナベル・コットンだよ」
そう言われてもミュージシャンなのか映画のヒロインなのかも全く分からなかったが、今にも消え入りそうで儚い印象が強かった。
俺が辞めさせて下さいと言う前より先にボスから切り出した。
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