寂安寺

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ここは寺に支配された町だった。 森の中にひっそりと建つ寂安寺。 それが、この町を支配する寺の名前である。 真っ赤な鳥居は厳かさを醸し出し、所々朽ちた社は自然と調和しているようである。そこへ行くまでの道は数多の参拝者によって踏み固められている。人間の信仰心が自然さえかき開いてきたのだ。 そう、たくさんの信者たちによって。 参拝者のほとんどはこの町の住人だと思う。 この寺が建ったのは百年も前、町がてきる前の話である。 この町は寂安寺を中心に栄えていった。参拝することで作物の豊穣を祈り、合格を祈願し、安産を願った。この町は寂安寺の恩恵に支えられてきたのだ。そうやって村を発展させてきたのだ。 この寺がなかったら人々はどうやって生きるのか、そんなことさえ見当がつかないほど固執していた。 ありもしない神秘にすがっていたのだ。 故にこの町は寺に支配されていたのだと思う。 支配と言う呼び方には毒があるかもしれないが、実際外から見てみれば明らかに住人は寺の奴隷である。 寺の前を掃除したり、一日に何度も参拝することに何の意味があるのか。 神の神秘などあるものか。そう思った。 ここへ引っ越してきたばかりの武藤ウズラは酷く不満を感じていた。 ウズラは父が単身赴任となったために叔母の家で住むことになったのだ。 ウズラは何があっても寺に支配されることはないだろう、と思っていた。 いや、支配されたくない、と願っていた。 しかし、叔母という人間は恐ろしいほど信仰心が強かった。ウズラが寺に対して不満をこぼせば、容赦なく怒声を浴びせる。 そんな叔母を恐ろしく思い、また軽蔑していた。 それでも、ウズラは取り込まれるものかと自分なりに踏ん張っていた。 寺に執着する叔母を見たとき、軽蔑することが出来れば、まだ自分は寺の奴隷ではないと思っていた。 「もうすぐテストでしょう。寂安寺さんにお参りに行きましょう」 「ゴロゴロしてる暇があるのなら寂安寺さんにでも行きなさい」 叔母はことあるごとにその寺の名を口にした。ここまで来ると恐ろしい。 ウズラはその寺が、町が、人々が嫌いだった。 しかし一週間前、転機が訪れた。 寂安寺が焼失したのだ。それは夜中の出来事だった。暗く染まった夜の闇がみるみる内に明るくなっていく。大きな炎を上げて木が破裂する音と共に倒壊していった。 女性の悲鳴と男性の叫び声が聞こえる。 こういう時、普通は火元から離れる方が賢いとされるが、この町の場合、逆に火元に近寄っていった。 住人はその炎をただ、ぼうっと見つめていた。ウズラも叔母に連れられ、寺に行った。力強い炎を見ながら絶望の表情を照らす叔母や寺の奴隷たちを見回した。 ざまあみろ、と思った。 多くの人間が便りにしていた寂安寺という神秘が崩れ落ちていく。その様子をウズラは意気揚々として見ていた。 寺に頼るなんて時代錯誤な。これを機に現実を見ろよ。 その時始めてウズラは一番恨んでいたのは寂安寺であったことを自覚した。 その時、耐えかねたように悲鳴が聞こえた。 それは他でもない、叔母の声だった。 燃え上がる寺に向かって走る。 止めようとする大人たちの制止もふりきって火の中に突っ込んだ。それを見た他の数人たちも火の中に走っていった。結果的に四人の男女が寂安寺と一緒に命を落とすという事態になった。 旗野ミズチ、斉藤ツグミ、薩摩藤キジオ、江島チドリの四人が焼死体として発見された。 旗野ミズチが、武藤ウズラの叔母だ。 ウズラは自分の本性があぶり出される感覚がしてならない。 これは革命なんだ。寺に従ったものが粛清されたんだ。 ウズラは吐き気のように押し寄せる笑いを一生懸命こらえた。
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