少年

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少年

 一  『サンベルノ通り』の時計塔から西へ行き、二つ先の角を右へ突き当たるまで歩くと、人気のないさびれた細い通りに出る。通称『裏サンベルノ通り』裏社会を生きる者がよく使う為、そう呼ばれている。  『裏サンベルノ通り』の一角のバーにでも寄ろうとそこを通った時、俺のジャケットの裾を掴む者がいた。 「あんた、ナナシだろ?」 振り向くと、声の主は少年だった。ふわふわしてそうなブロンドの髪に、よれよれのシャツと穴の多いズボン。格好だけはそこら辺にいる物乞いの少年のそれだったが、瞳が綺麗だった。 「人違いだよ、坊主」 俺はそう答えて少年の手をはらった。が、少年は再び裾を掴み、言った。 「神出鬼没の大泥棒。この辺では珍しい赤い髪をしていて、ややたれ目で鼻筋の通った若い男」 「フフッ、坊主。赤髪の男を見る度にそんな真似してるのかぁ?」 俺は屈んで少年の顔を覗いた。少年は両目を大きくしていた。 「本物だったら殺されるぞ? だからそんな真似さっさとやめろ」 「ほっ、本物だ……」 少年は呟いた。やめてくれそうにねぇな。と思った俺は、少年に背を向けて歩いた。 「話を聞いてよ。でないとここで警察呼ぶよ」 「好きにし……」 「あっ、もしもし警察ですか? 今、目の前にナナシがいます。場所は、サンベルノ通り三ちょ……」 少年はここの通りに一つだけある公衆電話を使って電話をしていた。本気だとわかった俺は、受話器を強引に奪い、電話を切った。 「くそがきぃ……てめぇが相手してんのが誰か、わかってんだろうなぁ」 俺は少年を睨んで言った。少年は俺をまっすぐ見て言った。 「ナナシ。僕を、泥棒の弟子にして」 「は?」 俺が驚いて妙な声をもらすと、どこぞの紙袋が風で低く宙を舞った。  二  「良いわけねぇだろうが」 俺が答えると、少年は俺の足元にまとわりついて言った。 「そんなこと言わずに教えてよ。僕、大きくなったら大泥棒になるんだ」 「そんな奴は、警察に電話なんかしねぇよ」 「……でも」 「でももくそもねぇよ」 俺が背を向けて歩くと、少年は追ってこなくなった。後ろをちらりと見ると、少年はその場に立って俯いていた。  妙なものをそこに投げ捨てたような不快感が襲ってきた為、俺はその場に立ち止まって振り向いた。 「だぁあ、くそっ……わかったよ、弟子にはしねぇが、話だけなら聞いてやるよ」 「ほんとっ」 「……仕方ねぇからな」 少年は笑ってこちらに駆け寄った。厄介な拾い物をしたな。と胸の内で呟きながら、俺はラジオで聞いた今日の星座占いを思い出した。蠍座は最下位だった。    俺は、近くの空き地の木箱に少年を座らせると、その向かいに木箱を置いて座った。 「それで、話って?」 「うん……僕は『ジド村』で生まれ育ったんだ。それでも、あの妙な病気のせいで皆死んでしまった」  『ジド村』とは、ここ『フロリア王国』の首都から離れた小さな村だ。そこには妙な疫病が流行り、十日間で村人のほとんどが死んでしまった。しかし、生き残りも数人いると聞いてはいたが、少年がそれとは驚いた。  少年は続けた。 「でも、生き残った人もいてね。僕らは皆で首都の『ケール』に来たんだ。そこの施設で暮らして、学校にも行ってた。でも『ジド村』出身の僕達は嫌われて、避けられたり石を投げられたりもした。それでもなんとか耐えようと頑張ってたけど、昨日、生き残った一人の男の子が、『ケール』の兵士達に殺された。疫病が蔓延しては困るからって……その内、皆も、僕も捕まって殺されるかもしれない」 「……そうか」 「でも、おかしいよ。僕らは何も悪くないのに殺されるなんて……だから、ナナシに聞きたかったんだ、人の幸せを盗む方法をね。そうしたら、皆も少し幸せになれるかも。殺されちゃう前に、良い思いをしてもいいでしょう?」 少年は涙目になってこちらを見た。俺は立ち上がって、そっぽを向いて答えた。 「わりぃけど、そいつは出来ねぇなぁ」 「え?」 「人の幸せを盗む方法はねぇ。そもそも幸せってのは人各々の価値観からくるものだからな」 「……だったら、僕らは幸せになれないの?」 少年は悲しそうに聞いた。俺は笑って答えた。 「人の幸せは盗めねぇが、他は大抵盗める。安心しろ、お前もお友達も、殺させやしねぇよ」 「え?」 「一応、お前が依頼人だからな。名前をここに書け」 「う、うん」 俺が差し出した紙に、少年は名前を書いた。 「テオ君ね。よしっ、じゃあ殺させないようとあるものを盗んでやるから、五日後のこの時間に、ここにいろよ?」 「えっ、うん」 「報酬は、後でちゃんと受けとるからな」 俺は少年、テオに背を向けてそこを離れた。
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