DOOMSDAY OF ARK

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 スペースコロニーと言えば地上を離れての植民をイメージする者がほとんどだろうが、L5は元々夢を叶えるために世界中の金持ちが夢を叶えるために興した事業だ。即ちこの事業により多くの金を投資した者たちが、人類史上初のスペースコロニーに搭乗する栄誉を手に入れると提示したのだ。まるでどこかの独立国家が爵位を販売するように、世界最大の事業は切り売りされた。  始祖ともなる初代の乗組員は世界中の富豪と船外活動を行うための宇宙飛行士、そして研究のために乗船を許された科学者だった。比率で言うと圧倒的に富豪が多かった。地上においてはあらゆる経済活動を牛耳る富豪も、宇宙空間では何の役にも立たない、ただの一般人である。  資産家たちは事業に投資した。金を持つ者が焦がれるものは何か。更なる富と名声である。人類前人未到の地を踏む名誉、或いはそれによって得られる知名度や利益を見込んで。それらに与る栄誉は、その家族たちに捧げられた。富豪たちはせいぜい宇宙旅行を楽しむ程度の心持ちで、こぞって家族やペットを伴って乗船した。まるで南国のビーチにバカンスに行くように。  スペースコロニーの試用期間は一ヶ月だった。人類は非常に楽観的だった。何事もなく地上に戻れるものだと思っていた。スペースコロニーの農場プラントには来る地球への輸出に向け、食用肉になる種が実験動物として持ち込まれた。  スペースコロニーの打ち上げは一世を風靡した。実現性を訝しむ報道や想定される危険性を報道したものもあったが、概ね宇宙への進出を好感的に報道するものがほとんどだった。  Xデー。ついにスペースコロニーに人類が足を踏み入れる日が来た。  インフルエンサーによってリアルタイムで更新されるSNSの投稿は瞬く間に拡散され、トレンドを宇宙一色に染め上げた。中には参加者は一箇所に集められており、最新の技術で作られたCGでそれっぽく見せているだけ、実際に宇宙に人類は到達していないと陰謀論を唱える者もいた。  初めの二週間、人類は宇宙での生活を謳歌した。飽食の限りを尽くし、農場プラントや水産プラントの観光ツアーが組まれた。また健康と引き換えに軽く設定された重力のために、骨や筋力の低下が懸念された。居住プラントにはジムが設置され、定期的な運動が推奨された。人類は束の間のバカンスを楽しんだ。  異変が起きたのはちょうど折り返しに到達した時だ。地球へと発せられた定期連絡の返信が途絶えたのである。また進路はラグランジュ点の軌道を逸れ、地球から遥か彼方、太陽系の外へと向かっていることが判明した。スペースコロニーは完全に制御不能の状態に陥っていた。  それは地球か月の重力、どちらかの消失を意味した。遠心力のままあらぬ方向へ漕ぎ出した我々は、舵を取ることもできなかった。  もし消失したのが月だったとしても、人類の存続は絶望的だ。月がなければ地球の自転速度が速まり、一日は八時間となる。地震も頻発し、強風が絶えず荒れ狂う、不毛の土地と化すだろう。一億六千万年続いた恐竜の時代が終わったように、人類のわずか五百万年の時代も終焉を迎えるのだ。  一方我々のコロニーは絶えず進み続けている。相対的に見て滅びから逃れているのは我々の方である。この広大な宇宙で同胞に巡り合う確率は限りなく低いだろう。いずれにせよ人類の存続は絶望的だ。つまり、このコロニーに残された人類が、人類最後の末裔となった可能性が示唆されたのだ。  コロニーの人類は恐慌状態に陥った。乗組員の大半は、二度と地球の土を踏むことがないとは思ってもみなかったのだ。人類は嘆き、悲しみ、神を呪い、罵倒した。  わが神(エリ)わが神(エリ)、  どうして私を見捨てられたのですか(レマ・サバクタニ)
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