泥棒はそこにいる?

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 グイッ。  グイッ。  ぐいぐい。  あれ? なんだろう、誰かにカバンを引っ張られているような気がする……。  どうも、俺が両腕でしっかりと抱えているカバンを誰かがそっと引っ張っているらしい。  誰かがカバンをひっぱると、しっかりと抱えている俺の体は背中の硬い板の上をぐらぐらと左右に動き、板の角が俺の肩凝りのつぼを刺激してくる。  見知らぬ誰かは、俺の目が覚めないように少しづつ俺の腕と鞄を離そうとあれやこれやと力をかけてくる。  * * *  そーか。  大手顧客との新規契約締結のお祝いとして行った飲み会で、同僚としこたま飲んだ帰り道。あまりの眠気に公園のベンチにほんの少しだけ横になるつもりが。どうやら眠ってしまったようだ。  そんな、人が折角気持ちよく寝てるのに、いったい誰が俺のカバンを引っ張るんだ?  カバンの中には大事な書類が入ってるんだぞ。どこの誰とも知らないお前なんかに渡してなるものか。  ……と思って、俺が目を開けた瞬間。相手は俺が起きたのに気がついて、カバンを引っ張る力を突然強めた。  やば!  想定外の力で引っ張られたカバンは、がっちりと掴んでいるつもりだった俺の腕の中からするりと出て行った。  俺は公園のベンチから飛び起きて周りを見渡した。  公園には街路灯がそこかしこに立っていて、俺のカバンを持って足早に逃げていく黒ずくめの男の後姿が目に飛び込んできた。  幸いなことに、逃げていく奴の方向には、ベンチに座ってワンカップを飲んでいるおっさんや、デートしている若いカップル、犬の散歩をしているおばさん達がいた。  俺は、寝起きのふらふらした状態でカバンをひったくった奴を追いかけながら、公園にいる人達に向かって大声を上げた。 「泥棒だ。どろぼう! 誰か捕まえてくれ」  ──すると、不思議な事に──。  おっさんやカップル、おばさん達は、カバンを持って逃げている奴を追いかけるでもなく、複数ある公園の出口から大慌てで出て行った。  * * * 「しかし、薄情なんだよなー、最近の人は。だれも泥棒を追いかけてくれないんだ」  俺は、駅前の交番に戻って被害届を書きながら、正面に座っているお巡りさんに恨み節をはいていた。  交番に着いてから改めて調べてみると、カバン以外にも時計やサイフ、定期券などなど、色々と盗まれていたのに気が付いてさらに落ち込んでいたら、奥の給湯室から急須を持って出て来たお巡りさんに声をかけられた。 「災難でしたねー。実は、あの公園多いんですよ……、置き引きが」  お巡りさんは、私の前に置かれた湯呑に給湯室で準備したお茶を注ぎながら申し訳なさそうに続けた。 「多分……ですけど。あなたの叫び声を聞いて逃げて行ったヤツら全員が泥棒だったんですね」  俺はお巡りさんの顔を見ながら、ある諺を思い出していた。 『人を見たら泥棒と思え』と……。 (了)
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