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「でもさ、納期までまだ結構時間あるじゃん?……だから、今日はもう帰らない?」
「え?」
「昼間もそうだったけど、まだ少し顔色悪いから、やっぱり心配でさ」
「顔色……」
確かに、体調は相変わらずあまり良くない。
それどころか、昼間よりも余計に視界がぐらぐらしている。
……しかし、せっかく残業の許可を得たわけだし、今日はもう少し進捗させたい。
「……俺は大丈夫。気にしないで」
……うわ。もっと優しい返答をしたかったのに、また素っ気ない言い方になってしまった。城矢は心配してわざわざ職場まで戻ってきてくれたのに……しかも差し入れまで持って……。
そんな俺に、城矢は控えめな笑みを浮かべながら、
「分かった。そうだよね、ごめん。お節介しちゃった」
そう言って、近くのデスクに置いていた鞄を手に取った。帰ろうとしているのだろう。
……苦手な相手には違いないけど、お節介だなんて思わなかった。
……それどころか、嬉しかった。
「ま、待って、城矢……」
コミュ障だなんて言い訳せず、その気持ちだけは伝えたい。
瞬間的にそう思い、俺は慌ててデスクチェアから立ち上がり、城矢の名前を呼んだ。
しかしーー立ち上がったその瞬間、さっきまでの目眩が一層と酷くなり、グラリと視界が曲がった。
「ナナちゃん、危ない!」
そのまま倒れ込みそうになった俺の身体を、城矢が正面から受け止めてくれた。
「ナナちゃん! 大丈夫⁉︎」
俺の身体を支えながら、城矢が心配そうに俺の名前を呼ぶ。
ーーああ、駄目だ。
目眩が止まらず、頭も痛い。
このままだと俺、〝あの姿〟にーー。
「ナナちゃん?」
城矢から名前を呼ばれた次の瞬間、俺は内側から身体がパンッと弾けるような感覚をおぼえた。
それと同時に、視界がグッと低くなる。
「ナ、ナナちゃん……?」
顔を上げると、城矢が俺を見つめながら、目を丸くして驚いている。
……驚いて当たり前だ。何故なら……
人間が目の前で、ポメラニアンに変身したのだからーー。
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