わん

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とは言え、職場の社員達はみんな良い人ばかりで、こんな俺の悪口一つ言わない。 周りの優しさや寛大さに甘えてばかりではいけないとは思うものの、普段から程良い距離感で接してくれる社員の人達には感謝しかない。 ……ただし正確には、その〝程良い距離感〟で接してくれない社員も、存在する。 それはーー。 「あっ、ナナちゃん発見!」 「……っ」 げっ、と思わず口に出そうになったその言葉を、俺は何とかグッと飲み込んだ。 そんな俺の様子に気付くことなく、もしくは気付いてはいるが構うことなく、その人物は俺の元へ一直線に歩いてきた。 「ナナちゃん、お疲れ! 今日もコンビニのおにぎり? 俺もパンだけどね! ここ座って一緒に食べていい?」 「えっ、あ、ちょ……」 いい、なんて一言も答えていないのに、目の前のこの男は俺の正面の椅子を引き、当然のようにそこへ座った。 「それ、何味のおにぎり? 俺はりんごパン! 最近発売されてSNSでもバズってたやつなんだけど知ってる? 食べたことある? あっ、美味い!」 「……」 何と答えたらいいか分からず、俺はただただ黙り込み、愛想笑いすら出来ずに固まっていた。 コミュ障だからというのもあるが、そもそもテンションが違い過ぎて全くついていけない。 こいつの名前は、城矢(しろや) (れい)。俺と同期入社で、年齢も同じ。 しかし俺は、いつだって自分と正反対に位置するこいつのことが、どうも苦手だ。
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