すきまの話

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すきまの話

扉を開ける。 いつものように扉を閉める。 振り返ると少し扉が開いている。 力が足りなかった。 「まぁ、いいか、すぐ戻ってくるから…」 子供の頃は扉を開けたらしっかり閉めた。 きっちり閉めるのがあたりまえで その為の力をちゃんと使っていた。 力は今よりずっと弱かったはずなのに… 扉を閉める事が苦ではなかった。 隙の無い人。 という言葉がある。 「いや、人間少しくらいの隙があった方が良いくらいさ。」 裏づけのない言葉を簡単に信じてしまう。 はてさて 真実のほどは如何なものか。 何万回の扉を開けた事だろう。 力が大きくなるにつれ 力を加減して扉を閉めるようになり もっと楽に閉めるようになり コツのようなものを覚えた気になって 閉めるようになる。 習慣になった時に 扉を閉める事に油断が生まれたか。 自動ドアに慣れてしまったか。 いつのまにか  閉めた扉が開いているようになり… 扉が少し開いていると… その隙間から この世ならざる者が覗いているのではないか。 或いは冷たい風が吹き込むか。 犯罪者に隙を与えているか。 幸運が逃げて行くのか。 風水の言いたい事もわかる気がする。 子供の頃はその隙間が怖かった。 弱い力で 一生懸命にその部屋の安全を その部屋の暖かさを その部屋の幸運を 或いは安寧を 守っていたような気がする。 それは怖いものから自分を守る事でもあった。 隙の無い人は 隙間のない人 何万回、扉を開けようとも 油断せずに、幸運や安寧を護る人。 に違いない。 私はきっと老いたのだ。 いつのまにか扉を閉める力を失っていたのだ。 扉が開いたままでは話にならない。 弱い力でも良いさ。 気付いたら めんどくさがらず 扉を閉めよう。 もう一度、はじめから いや これから、何度も何度も 扉をきっちり閉めて 隙間のない人に戻ろうと思う。 また気持ち良く 扉を開けるために… 「人は隙が無い方が良いのだよ。きっと。」 1c4ebecb-562d-40db-ac9c-f0c77bf99464
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