最終話 ありがとう…晩夏の夕立ち

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最終話 ありがとう…晩夏の夕立ち

あれから6年後。 いつものように、 ボクは仕事でビル群の間を駆けずり回る日々。 その日は次のアポイントまで時間が足りず、 取引先までの道を早歩きで進んでいた。 真っ盛りの夏はピークを超えていたが、 照りつける光量は鋭く、 都市特有の照り返しも相まって吹き出す汗が目に入る。 早歩きで進んでいると思っていたが、 意外に距離は縮まらない。 そうしている間に、 雲行きが怪しくなった。 最近珍しくもなくなった天気の急変。 悟ったボクは通常通りの速度に緩め、 備えながら歩いた。 分厚い鉛色の雲が上空を覆うと、 轟音が遠くに響く。 「あの時みたいだな」 アスファルトに水玉模様ができ始めるのも束の間、 雨が線となって地面を打ち付ける。 ボクは咄嗟に高層ビル街の間に残る遺構のような店の軒先に避難した。 「今年もこの季節が来たか」 突発的な雨に打たれた人たちは、 各々の方法で避けていく。 傘をさす者、 ビルに入る者、 駅方向へ向かう者、 タクシーを拾う者… もちろん打たれたままになる人などいない。 ボクはそんな人の様子を眺めながら待っていた。 隣に駆け込む人の姿がある。 淡い水色のワンピースが先に目に入る。 その女性は、 ボクに背を向け軽く濡れた程度でハンカチで髪を撫でている。 「今年はいつ帰ろうかな」 ボク「由梨?」 ボクは、 その女性に、 声をかけた。 由梨「えっ??」 振り返った女性は紛れもなく由梨だった。 ボク「由梨…ボクだよ…駿介」 由梨「駿介…くん?」 ボク「6年ぶりだよ」 由梨「こんな事って…」 ボク「なんで!あの時…」 由梨「ごめん…」 ボク「また明日って言ったのに…」 由梨「行けなかった」 ボク「そうか…」 それ以上聞けなかった。 聞きたく無かった。 ボクも大人になった。 言わなくても想像出来るから。 ボク「元気で良かった」 由梨「駿介くんも」 ボク「今年も帰るの?」 由梨「帰らない。あれから帰ってないんだ」 ボク「僕とはすれ違いだな。あれから毎年帰ってる」 由梨「じゃあ願い事叶った?」 ボク「叶った」 由梨「良かった!駿介くんも叶って」 今だよ。 叶ったのは。 たった今。 6年もの間、 叶えたかった。 由梨との再会。 雨はいつしか上がり、 あの時に1人で見た夕焼けが今はビルの窓に反射して2人を照らす。 ボク「行かなきゃ」 由梨「私も」 ボク「じゃあ」 由梨「うん」 右方向に向かうボクと、 左方向に向かう由梨。 由梨「また明日…待ってる」 後ろから声がする。 振り返ると由梨が夕焼けを背にして手を振っている。 ボクはその方へ駆けて行った。 そして抱きしめた。 ボク「また6年後とか…嫌だよ」 由梨「それはない!大丈夫」 ボク「なんでわかる?」 由梨「LINE交換しよう!」 ボク「…そうだな!笑」 由梨の願い事とボクの願い事。 それはお互いに会いたいって事だった。 由梨は、 ボクが小学生の頃にあの神社に来ていた姿を見て淡い恋心が芽生えていたらしい。 しかしボクは全く気付いていなかった。 そしてあの夏。 1人で神社にいるボクを由梨は偶然見つけ、 ゆっくり近づいた。 そして思い切って話かけてみたとの事。 それからの事は成り行きみたいな感じらしい。 もっと一緒に居たかったが、 ボクが帰れと言ったから、 雨に打たれて少しでも長く時間を過ごしたかったって。 ボクがいきなり盛り上がってしまったのはビックリしたそうだけど。 由梨は翌朝には急に帰ることになってしまい、 お互いスマホも置いたままだったから連絡先も交換出来ずにいて、 由梨的には初恋の人に会えて長年の願いに一区切りがついた反面、 ボクはそこから長年の願いを抱えるというすれ違いが起こった。 スマホがあれば多分こんな思い出を作る事はなかった。 なんとも単純というか、 回りくどい話かもしれない。 ただ、 多感なあの時に、 ある意味運命的に出会い、 互いに非日常空間で、 自然と一体になり、 想いに任せた事は計算して出来ることじゃない。 あの田舎は今年も鮮やかな緑を広大に育み、 光は真っ直ぐに大地に降り注ぎ、 大地に必要な雨は、 必要な分を補給するが如く降り注ぐ。 役目を終えた雨は、 夕焼けを導き、 美しさを演出しながら1日の終わりを合図する。 晩夏の夕立ち。 ボクには忘れられない光景。 今でも由梨とこの話をする。 もう同じ体験をする事はない。 その代わり、 側には由梨が居る。 感謝を込めて。 さようなら… ありがとう… 晩夏の夕立ち。
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