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③ 風のように現れた彼女
ボク「散歩してくる」
父「あんまり遠く行くなよ」
ボク「小学生じゃないんだから」
母「スマホ持った?」
ボク「部屋にある。すぐ帰るし」
叔父「店とか何もないけど?」
ボク「うん、逆に新鮮」
叔母「うちの子たちとは真逆ね」
ボク「そうかな?羨ましいよ」
そんな会話をやり過ごして
ボクは真新しい白いスニーカーを履いて家の外へ踏み出した。
見渡す限りに緑がある。
山や田んぼの稲や何かはわからない野菜の畑
たまにある赤や黄色の花
用水路にも水草や藻があり
何か生き物もいる。
見渡す限りに人工物の今の生活。
取ってつけたような街路樹や花壇の花
車の音とスマホ片手にイヤホンをして歩く人の群れ
喉が渇けばすぐにコンビニやファストフードやカフェがあり
バスや電車や地下鉄があり簡単に遠くまで行ける
そんな日常との乖離を目の当たりにしつつ同じ日本とは思えなかった。
時代が遡ってしまったような
ある意味この景色が創作されたようにすら感じてしまう程異質な感覚だった。
と同時に
ボクはその歩みも止められない。
父の実家を出て比較的広い道を歩いていく。
青い稲穂がわずかに揺れる中
用水路を流れる湧水からチョロチョロと音が聞こえてくるくらい余計な音が存在しない。
白い蝶の羽ばたきすらも聞こえてくるかのような錯覚をする程に
あらゆる無駄が削ぎ落とされた場所だ。
普段は人より早く歩き
人混みも躊躇なく歩くボクだったが
そのリズムも忘れ
言ってしまえば時間の概念もないボク1人の時間。
どのくらい離れたのか
どれくらい時間が経過したのかも感覚がない程にボクは歩いていた。
すると右手に赤い鳥居が現れた。
うっすらと幼少期に祖父に連れられてきた記憶が蘇る。
都会の神社のようにおみくじや御朱印があり
神主や巫女が常駐しているような場所ではもちろんない。
しかし地元の人たちが定期的に掃除や補修をしているのがわかる
清々しい佇まいをしている。
数段だけの階段を登って神殿の前に立つと
ポケットにあった十円を入れ鈴を鳴らし手を合わせた。
願いは別にない。
ある意味無心で儀礼的なものだ。
あまり長い時間感覚はなかったが
手を合わせ終わると
隣で女子が手を合わせている。
足音も聞こえなかったし気配も感じなかったが
不思議と怖さはなかった。
呆気にとられて手を合わせる彼女を見つめていると
彼女もお参りを終わらせて見つめ合う形になった。
白いポロシャツに制服ズボンのボクと
淡い水色ワンピースの彼女。
多分同じ年代だろうということはわかる。
彼女「見慣れない顔だね。どこの人?」
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