⑥ 心のおもむくままに

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⑥ 心のおもむくままに

由梨が駆け足で夕焼けが遠くになりつつある薄暮の中を進んでいく。 その背中を見届けて、 ボクも反対側の元来た道を駆け足で進む。 見覚えのある家が見えた頃には既に夜の帳が下りるかどうかだった。 振り返ってみると、 今駆けてきた道は既に深い闇に包まれていた。 父「どこまで行ってた?」 ボク「神社と近くのデカい木のとこ」 母「神社なんてあった?」 父「あるよ」 ボク「小さい頃じいちゃんに連れてってもらった」 叔父「父さんあの場所好きだったじゃないか」 叔母「そうね。毎日散歩してたわ」 父「じいちゃんに導かれたか?笑」 ボク「違うんじゃない?」 半乾きになった服を着替え、 晩飯を食べて部屋に戻る。 窓からは月光が淡く差し込み、 スポットライトのようにボクが照らされる。 未だに不思議だった。 由梨は何者? ボクは何故好きでもない由梨を抱きしめ、 初めてのキスをあんなにしてしまったのか。 風呂に入ってる時も、 みんなで縁側でスイカを食べてる時も、 上の空だった。 自宅では絶対に見られない無数の星々を見ても、 ボクに答えは出してくれなかった。 翌日。 朝靄がかかる田舎の朝。 満足に眠れずにいたボクは、 朝飯を食って、 明日帰る前にもう一度由梨に会い、 確かめようと思った。 昼過ぎには墓参りを終え、 ボクは昨日と同じ道を1人歩く。 再び神社が見え、 もしかしたら由梨が先に来ている期待もあったが、 誰一人いない。 昨日と同じく手を合わせた。 深い願いではなかったが、 また由梨に会えるようにと。 神社を後にすると、 昨日2人で歩いた道を進む。 同じ日差しに照らされ、 あの大木近くのベンチまでの間、 ボクには不安しかなかった。 もしかしたら、 由梨はボクにしか見えない存在だったのかもしれない。 だって、 ボクが神社で手を合わせていた時、 周りには誰もいなかったじゃないか。 そんなに長い時間じゃない。 玉砂利ではないが誰かが側に来たら足音がして、 いくら何でも気づく。 そして、 あの初対面なのに何故か幼馴染かのような口振りや空気感。 ベンチに座っていた時天気を予知した事、  雷が急に鳴った事、 土砂降りにも関わらず雨に濡れたままでいる事、 ボクをあんな気持ちにさせた事、 さらに初めてのキスがあまりに衝撃的な者だった事… でも体温は感じた。 唇の感触も。 由梨は実在する。 それは間違いない。 でももう会えないんじゃないかと、 漠然とした不安が湧き上がる。 ボクの歩く速度は少しずつ上がる。 一分一秒たりとも無駄にしたら手遅れになってしまうという感じがしてくる。 しかしなかなか昨日の場所まで辿り着かない。 一本道なはずなのに。 ボクは後戻りなんて考えずにひたすら歩いた。 汗が額から溢れだし、 容赦なく目に入る。 その度に視界が滲み、 手で拭う。 昨日の雨に打たれていた時も同じだった。 ただ目の前には由梨がいた。 今は田舎の砂利道が続いているだけ。 ボクは走った。 夢中で走った。 由梨に会いたい。 会わなきゃならない。 会ってどうする? 会いたい理由なんてない。 昨日のキスと同じだ。 走りながら、 一心不乱に由梨の姿を思い出しながら、 忘れちゃいけない、 忘れちゃいけないと。 全然着かない。 みるみるボクの影は映らなくなり、 視界から緑の輝きが失われていく。 来る。 ポンと肩を叩かれたかと思った途端に、 夕立が再来した。 昨日と同じくボクは打たれた。 由梨もまた打たれているに違いない。 ボクに抱きしめられるのをあの場所で待っているに違いない。 それだけを考えていた。 容赦なく降りかかる雨をかき分け、 雨なのか涙なのかもわからなくなるくらいグシャグシャになった顔を拭うことすら惜しい。 前に進むしかない。 ボク「由梨!由梨!もうすぐ行くから!待って!」 繰り返し叫び、 繰り返し雨に襲われ、 繰り返し由梨の姿が浮かぶ。 やっと見えた! 由梨は居る! 待ってる! 大木前のベンチは、 誰もいない。 もしかしたら、 木の後ろにいるかも。 居ない。 他に隠れる場所なんてない。 ボク「なんで!なんで居ないんだ!」
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