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⑦ 叶わぬ願いを込めて
由梨がボクに叶ったと言った言葉を思い出した。
何が叶った?
雨に打たれる事?
抱きしめられる事?
キスされる事?
わからなかった。
そうだ。
家には居るだろう。
行けばいいじゃないか。
空は轟音を蓄えて、
今にも放たんとしている。
大木の大きな木陰に包まれていたボクは飛び出した。
途端に、
稲光が見えた。
ボクは怖くない。
由梨を失う事の方が怖い。
行手を阻む音と光。
由梨が怖いと言った音と光。
ボクは怖くない。
ボクと一緒なら怖くない。
待ってろ!由梨。
由梨の居ただろう家に着いたが、
入口は固く閉ざされ、
気配はない。
ボク「何でだよ!何で居ないんだよ!あれは嘘だったのか!ボクを弄んだのか!由梨…どうして居ないんだ…」
何度も何度も戸を叩き、
口に入る雨が時折しょっぱくなるのを感じながら、
叫んだ。
誰にも聞かれない。
誰に聞こえない。
関係なかった。
未だに轟音は鳴り続け、
灰色の空は点滅しながら雨を降らす。
負けたくなかった。
かき消される声が途切れ途切れになるまで由梨への感情を口にしたが、
もう由梨はそこには居なかった。
時間はどれだけ経過したんだろう。
我に帰ると、
既に雨は止み、
空は白さを取り戻し、
その隙間からはオレンジ色が階層状に淡く光っていた。
ボクは諦めた。
思い過ごし、
勘違い、
気の迷い、
遊び心…
そう思うようにした。
悔しかった。
「また明日待ってる」と言ったボクに由梨は返事もさず、
振り向きもせず帰って行った。
せめて時間くらい確かめれば良かった。
「叶った」と言った由梨の何が叶ったのか?
叶ったからそれ以上は必要なかったのか。
新たな願いが由梨を占めてしまったのか。
ボクの衝動的な振舞いが冷めさせたのか。
あれほど勢いよく走り抜けた道を、
ボクは濃くなり続ける夕焼けと何の感情も持たない涼やかな虫の音に押されて、
一歩ずつ歩んでいた。
気が付けば家の前に居た。
昨日と同じだった。
翌朝、
いつものボクへと戻る時間がやってきた。
父「じゃあまた来年」
叔父「身体に気をつけてな」
母「今度はこっちにも来てね。オシャレなカフェでランチしましよ」
叔母「女同士だけで楽しみましょ」
両親は、
叔父夫婦と里帰りを楽しんだようだ。
ボク「まだ時間ある?」
父「1時間くらいで出るぞ」
ボク「神社行ってくる」
昨日のような荒ぶった感情は収まり、
悟ったかのようなゆったりとした足取りでボクは神社へ向かった。
神社へ着き、
手を合わせた。
「また由梨に会えますように」
一瞬、
ザーッと風がボクのそばをすり抜けた。
振り返ったが、
あの時のように由梨が居る事はない。
神社を後にし、
帰る時間になった。
この田舎に来た時と同じ方法で、
逆方向へ向かう電車に揺られながら車窓を見ながら思った。
「さようなら…」
それ以来、
ボクは毎年この田舎に来ては、
神社で願うようになった。
充実した大学生活を過ぎ、
社会に出て、
恋もして、
それでも欠かすことは無かった。
あの時の気持ちに到達する事はもう無いけど、
由梨に会えますようにというふんわりしたボクの願いは変わる事が無かったから。
あれから6年後。
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