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01
何もない平地を、武器を持った兵士たちが歩いていた。
その数は多く、集団の中心には、立派な甲冑を身に付けた騎士が数人、馬に乗っている姿が見える。
「おい、グヌス。いつまでそんな顔をしてんだよ」
その軍の後ろにいた貧相な武具を身にまとった若者が、隣を歩いている同い年の男に声をかけた。
声をかけられた男――グヌスは顔を上げると、浮かない表情のまま返事をする。
「だってこれから戦場へ行くんだよぉ。そりゃこんな顔にもなるって……」
「グヌスおまえ、いつもいつか騎士になるって言ってんだから、むしろチャンスじゃねぇのか? 手柄のひとつでも立てりゃ、無謀な夢にもちったぁ近づくだろ」
「あのね、メント。僕は国を守る騎士になりたいわけで、人殺しをするために鍛えてきたわけじゃないんだよ」
グヌスが答えると、メントは不可解そうな顔をした。
戦場で敵兵を斬り殺すのも国を守るのも、同じことじゃないのかと。
友の口にした言葉の意味が理解できないでいる。
だがメントは思ったことは口にせずに、ため息をつきながら前を向いた。
「まあ、どっちにしても俺らは単なる一兵卒だ。しかも無理やり戦場に駆り出されただけだし、敵将の首を取って出世なんてあり得ねぇ話だけどな」
メントとグヌスは、今回の戦のために徴兵された平民だった。
出陣前の数日間で軍の適性検査と多少の訓練は受けたが、これまでに実戦で人を切ったことなどない。
それは、彼らと歩いている兵たちも同じだ。
指揮を執っている者も、ふたりの住むヴァンガード帝国の皇子であるセブライ·ヴァンガードであり、皇帝が自分の息子の初陣に無理に兵を集めたのが実情だった。
彼らの軍が向かっているのは、敵国であるイニシア王国の一団が陣を敷いているところだ。
本隊の軍から離れた位置にいる敵軍に対し、ヴァンガード帝国の皇帝は、これまで戦の経験がない皇子を向かわせた。
斥候からの報告によれば、敵軍の数は200人。
一方でセブライが率いるは1000人と、5倍の兵力差がある。
いくら寄せ集めとはいえ、この戦力差ならば勝利は明白。
さらには皇子の側に経験豊富な将軍をつかせており、今回の行軍は、皇帝が息子であるセブライに花を持たせるための戦だった。
突然行軍が止まり、馬に乗った兵が走り出して全軍に声をかけ始めていた。
その伝令は、敵軍との戦いを前に、ここで一晩休むというものだった。
「ふぅ、やっと休めるな」
「でも、大丈夫なのかな。敵の陣はすぐ側にあるのに、こんな平地で野営なんて」
「そんなこと考えても意味ねぇだろ。俺らが何か言っても、皇子さまは相手なんてしてくれねぇって」
「それは、そうかもしれないけど……。やっぱり僕、ちょっと言ってくるよ」
「おいグヌス!? ったく、あのバカ……。平民の忠告なんて、王族や貴族が聞いてくれるはずねぇだろうが……」
結果はメントの予想通りに――。
グヌスはセブライ皇子に進言したが、傍にいた者らに追い払われてしまった。
一兵卒ごときが何様のつもりだと、危うくその場で斬り殺されそうになる。
「ほら、だから言ったんだよ。所詮俺らは連中からすれば数だけいればいい兵だ。ふざけたこと言って、生きてるだけでもありがたいと思えよ」
「間違ったことは言ってないんだけどなぁ……」
「正しいとか間違ってるとかは関係ねぇよ。身分の問題だ」
グヌスは、吐き捨てるように言ったメントのことを見て、頬をふくらせていた。
そして、彼と共に軍幕を張りながら、そのままの顔で言う。
「メントって、なんでそんなに卑屈なの」
「平民生まれはこう考えるのが普通なんだ。おまえがおかしいんだよ。騎士になるだの夢がどうだの」
「メントだって、小さい頃は一緒に騎士になるって言ってたじゃないか。それに適性検査では魔力があるって言われてたし、頑張れば聖騎士にだってなれるかもしれないのに」
「なに言ってんだよ。魔力なんて平民でも持っている奴はいくらでもいんだろうが。別にめずらしいことじゃねぇ。それになぁ。いくら魔力があったって魔法を学ぶことができなきゃ意味ねぇだろ」
「そこは学校へ行ったり、自分で勉強したりさ」
「魔法学校なんて平民の俺らが稼ぐ金でいけるわけねぇだろ。自分で勉強するっていっても、一体何からやりゃいいかわかんねぇし」
「でも、可能性は!」
「はいはい、この話はもう終わり。いつもの鍛錬には付き合ってやるからよ。さっさと仕事終わらせてメシにしようぜ」
ふたりは軍幕を張り終えると、他の兵たちと共に食事を取った。
そこら中で地面に鍋を置いて湯を沸かしている光景が目に入り、配給担当の兵士が並んでいる者らにパンを渡している。
食事中には伝令があり、メントとグヌスたち平民出身の兵士たちは、今夜はしっかりと休むようにと指示があった。
どうやら夜襲に備えて見張りに立つのは、民兵ではなく正規兵たちのようだ。
話を聞いたグヌスは、これは皇子の指示ではなく、傍にいた将軍の考えであろうと思っていた。
「心配することもなかったか……」
「なにブツブツ言ってんだ? さっさと食わねぇとスープが冷めちまうぞ」
「ああ、そうだね。ねえ、メント。食べ終わったら、剣の稽古に付き合ってほしいんだけど」
「さっき付き合うって言ったろ。いいからさっさと食え」
「うん。いつもありがとね。いっただきまーす」
それから食事を終えたメントとグヌスは、日課である鍛錬を始めた。
そんな彼らの姿を見て、他の兵士からは失笑が漏れていたが、いつものことだと気にせずにふたりは剣を振っている。
鍛錬は陽が落ちて夜になっても続いた。
夜通し付けられているかがり火の側に移動し、さすがに疲れたメントは休んだが、グヌスのほうはまだ剣を振っていた。
「タフだよな、おまえって……。行軍の後でも稽古をしようだなんてよ」
「だって毎日やっていることをやらないのって気持ち悪いじゃん」
「そんなもんかねぇ」
「うん? ねえ、メント。なんか遠くから何か音が聞こえない?」
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