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02
グヌスの言葉の後に、メントが遠くのほうへ目をやると無数の光が空から飛んできていた。
火矢だと気が付いたときにはすでに遅く、矢は軍幕を貫いていて、ヴァンガード帝国の陣に火の手が上がる。
眠っていた兵士たちも目を覚まし、慌てて軍幕から飛び出し始めていた。
「敵だ! 敵が夜襲をかけてきたぞ!」
見張りの兵士の声が聞こえ始めたが、敵軍は陣の中になだれ込んできていた。
それでも指示が何もないせいで、兵士たちは浮足立って我先にと逃げ出し始めていた。
正規兵たちがいくら敵を食い止めようと剣を振るっていても、ヴァンガード帝国の軍の多くが民兵だ。
味方は大混乱に陥り、イニシア王国の兵士たちによって仲間が次々に斬り殺されていく。
「将軍はなにをやってるんだ!? 早く兵たちをまとめないと、このままじゃ全滅だよ!」
「んなこと言ってる場合じゃねぇよ! 俺たちも早いとこ逃げねぇとヤベェぞこりゃ!」
メントとグヌスはなんとか敵の包囲を抜けて、燃え盛る陣内を脱出した。
そして、次の日の朝には森へと逃げ込み、敵兵から身を隠した。
敵であるイニシア王国の兵力は200人。
対するメントとグヌスがいたヴァンガード帝国の兵士は1000人はいた。
どう見ても負けるはずがない戦だったが、昨夜の夜襲で、帝国の敗北は決定したといってよかった。
「川だ! 川があったぞ、グヌス! これでやっと水が飲める!」
「危ないよ、メント! もしかしたら敵兵がいるかもしれない!」
森で川を見つけたメントは、喉の渇きもあってグヌスの言葉も聞かずに川に駆け寄った。
川に顔を突っ込んで水を飲むメントだったが、喉を潤して顔を上げると、先客がいたことに気が付く。
「貴様、ヴァンガード帝国の者か?」
先客は黒い甲冑と赤い十字架の紋章が入った甲冑を身に付けた男だった。
彼らはふたりだけで、川で馬に水を飲ませていた。
メントは十字架の騎士の口にした言葉で、ふたりがイニシア王国の騎士だと理解すると、情けない声をあげてしまう。
「ひぃぃぃ! なんでこんなとこに敵がいんだよ!?」
悲鳴を上げたメントは、犬のように歩いて傍にいたグヌスに駆け寄った。
グヌスはそんな彼を宥めながら、ゆっくりと剣を手に取る。
「ここらの兵はあらかた片付けたと思ったが、まだ生き残りがいたのか。ハンニバル将軍、この者らをどうしましょうか?」
「俺に雑草を狩る趣味はない。おまえの好きにするがいい」
ハンニバルと呼ばれた黒い甲冑の男はどうでもよさそうに答えると、十字架の騎士――クロスレッドが剣を抜いてメントとグヌスのほうへと近づいてくる。
メントは慌ててグヌスの後ろに隠れると、その身をブルブルと震わせていた。
「大丈夫だよ、メント。こいつは僕が倒す」
「ほう、私の剣を受けるつもりか。見たところ民兵のようだが、その度胸だけは気に入った。名を名乗れ」
「グヌス、ただのグヌスだ」
「私はクロスレッド·ブラッドフォード。イニシア王国の騎士にして、ハンニバル·フルンツベルク将軍の副官を務めている者だ。では、参る!」
口上の後に、森の中でガキンといった金属音が鳴り響いた。
さすが騎士だというのもあって、クロスレッドの剣技は見事だった。
踏み込みのタイミングや相手の剣の軌道をそらすなど、とても一朝一夕では身に付かない技でグヌスの頬や手足を切り裂いていく。
だが、それでもグヌスは怯まなかった。
彼の剣技は基本などまるでない子供のチャンバラと変わらないものだったが、幼少の頃から鍛え上げてきた肉体が、クロスレッドの華麗な剣技をねじ伏せていく。
「くッ!? こいつ、なんて力だ!?」
次第に手数もグヌスが上回っていく。
その光景を見ていたメントは、両目を見開いていた。
自分と同じ平民出身である親友が、敵国の騎士を追い詰めているのだ。
押さえられない高揚感を覚えたメントは、気が付けば笑みを浮かべていた。
「スゲー、スゲーよグヌス!」
グヌスの剣がまさにクロスレッドを貫こうとした瞬間、突然横やりが入った。
それは、興味なさそうにしていたもうひとりの騎士。
黒い甲冑のハンニバルが、剣を抜いてグヌスの前に立ちはだかった。
「ハンニバル将軍!? お戯れを!」
「下がっていろ、クロスレッド。おまえではこの者に勝てん」
再び金属音が鳴り始める。
今度はハンニバルとグヌスの一騎打ちが始まった。
メントは、グヌスの強さを見たのもあって、相手が誰でも勝てると思っていたが――。
「グヌスがさっきみたいに押し返せない!? こ、こいつは……なにもんだよ!?」
グヌスの振る重さの乗った剣を、ハンニバルは見事に捌いてみせていた。
それどころか、グヌスに合わせた力任せの打ち合いでも、ハンニバルはけして押し負けることなくうち払っていく。
「グヌスとか言ったな。今回の戦は実につまらんものだったが、おまえと打ち合えたことを嬉しく思う」
「そいつはご丁寧にどうも!」
グヌスは剣を振りながら声をかけてくるハンニバルに言い返しながら、押されていても前へ出続けていた。
そんな彼の態度に、ハンニバルの表情から笑みがこぼれる。
「あんたは僕を馬鹿にしないんだな!」
「俺にとって強者こそすべて。おまえほどの剛腕と打ち合ったのは初めてだ。実に楽しい」
ついにグヌスが完全に押し負け、使っていた剣すらも砕かれてしまった。
だがグヌスは、残った柄を握って一歩も引かずにハンニバルを睨みつけている。
「しかし、惜しいかな。その剛腕を活かす剣技を知らぬようだ。次の機会にと言いたいところだが」
「一騎打ちに次はない。そうだろ!? ハンニバル!」
「見事なり、名もなき民兵グヌス。おまえは誰にも知られずとも、俺にとっては騎士だった」
声を張り上げたグヌスに、ハンニバルはまるで友人に向けるような笑顔を見せ、握っていた剣を振り落とした。
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