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プロローグ
「盃。これ飲んだらキョーダイになれるって、にーにーが言ってたさ」
そう言うとタケルは、やけに膨らんだ懐から泡盛の一升瓶を取り出した。タケルを囲むようにしゃがんでいたアキコ、ケイスケ、ヒデシ、ユウジの四人から感嘆の声が漏れる。続いて取り出した小さな紙コップにタケルが泡盛を注いだが、初めて扱う一升瓶に苦戦し、かなりこぼれた。八月の強い日差しの中では、常温の泡盛が少し冷たく感じられた。
泡盛で濡れた腕を面倒臭そうに振ると、アキコが言った。
「だけどさ、日本酒じゃないとダメだはず」
「なんでかー?」
顔にかかった泡盛を、しかめっ面で拭っていたケイスケが言った。
「そんなことあたしが知るわけないさーね。でもじーじーが見てた任侠映画じゃ、そんな感じだったさ」
女子ながら兄貴分のアキコの言うことに、逆らえる男子はいない。幼稚園に入る頃には築かれていたこの関係はその後全く変わらず、中学に入学し成長期を迎え、体がアキコより一回りほど大きくなった今でも「アキコが一番」と刷り込まれ、もはや抗いようのない本能として、四人の男子中学生のDNAの中枢部分に根付いている。
ヒデシとユウジも黙って紙コップを傾け、そしてむせた。
「うえっ!こんなの、大人はよく飲めるな!」
口の中に残っている分も吐き出そうと、げーげー言っている四人の男子を尻目に、アキコはしかめっ面をしながらも全部飲み干し、男子たちの頭をひとりずつはたきながら高らかに宣言した。
「これで正式に私が親分さーね!あんたら、これから私の言うことは何でも聞くこと!」
ヒデシが口を拭いながら言う。
「はあー?盃交わしたらみんな仲良く兄弟さ」
「何言ってるば。いつ私が五分の兄弟盃交わすって言った?親子盃か、折れて折れての八分二分の兄弟盃でしょうが。そもそも、あんたら飲み干せてないさーね」
呆気にとられている男子たちの顔をゆっくり見渡すと、アキコが静かに言った。
「ま、そういうことじゃけえ、わしの為によう働けよ。おう?」
どうやら任侠映画を観ていたのはじーじーではなくアキコらしい。
その後降りかかる数々の理不尽な命令に、四人の男子たちは力を合わせて乗り越え、なにかと頭を下げ、下げた頭をはたかれ、それでも下げ続けた頭が薄くなってきた頃、タケルたちはなんとか五分の兄弟であることを認めてもらったが、幾度かのシーソーゲームを経て、最終的にはアキコを兄貴分とした七分三分となり、四十代も折り返し地点に来た今でも、沖縄県那覇市の隅っこにひっそりと存在する商店街、「てぃーだ商店街」で、五人は仲良く並んで店を経営している。
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