彼女の天職

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 彼女はくすんだグレーのペンを手に取り、台の上でくるくるとペンを動かした。試し書きでもしているのだろうか。カチッ、カチッ、ノックの具合を確かめて、グレーのペンを陳列棚に戻す。次はブルー。そして黒。  また、くすんだグレーに戻る。彼女はグレーのペンを手に持ったまま、店内をゆっくりと歩き回る。  昭和から続く文房具店は、まるで取り残された植物園のようだ。新しい文房具に混じった万年筆やお花紙、出納帳などを、時折彼女は手に取ってみる。よく使うのか、クリアファイル、ふせんの類は特に念入りに眺める。うつむくたびにストレートの長い黒髪が頬にかかるので、時々かきあげ、耳にかけながら。見え隠れする、ふんわりとした頬のライン。  角を曲がる時ふっと、グレーのペンをポケットにしまった。 「すみません」  店を出たぎりぎりのところで呼び止め、手首をつかむ。  細い手首だ。今にも、ぱきっと折れそうな。 「飯田さん。お会計をお忘れでないですか」 「……えっ」  一瞬の嫌悪感。見知らぬ男に声をかけられた時の顔。  しかし、僕はこの女を知っている。  飯田ひとみ。
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