彼女の天職

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「まあ例えばですけどね? そしたらまあ、一個くらい間違えて持って帰ったって、誰も責めはしませんよ。何しろ文房具には、困らないですから。まあ、さすがにお店の印鑑とかは、だめですけど。  そしてね、流行りの文房具なんかを集めて、お客さんに紹介するんです。こんなすてきな文房具がありますよって。飯田さん、文房具好きなんだから、そういうの絶対向いてますよ」  そう言いつつ、僕はレジ前をちらりと見た。指サックと履歴書。ボールペンは、入荷待ち。 「すてきじゃないですか。好きなもので、人に喜んでもらえる仕事って」 「ああ……そうですね」  飯田さんは、僕をしばらく無言で見つめた。 「そうかもしれない。逆に文房具専門で働くのも、いいですね」 「うん、いいと思いますよ」  きっと人には、体のどこかに一つくらいは、その人だけの魔法が埋まってるんだ。ロマンチックなことを言うけど、許してほしい。  きっとその魔法を見つけて一生の仕事に生かせる人は、ほんの一握りなんだと思う。それほど、その魔法は分かりにくいところに隠れている。この古臭い文房具店で、お気に入りの一品を見つけるみたいに。
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