彼女の天職

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 飯田さんが帰って、僕は履歴書をレジ前の、指サックの近くに並べた。こんなところに置かなくても履歴書は安定した売上が見込めるのだが、まあこれに関しては、そういうことでは、ないのだ。  万引きをする客は、飯田さん一人ではない。ここみたいに小さな文房具店でも、年に何人かは万引きが見つかる。貧しい人ばかりではない。進学校のカバンを背負った小学生。白髪になるまで働き続けた会社員。ブランドもので身を包んだ主婦。  見つけた時は、何でこんな人が、と思う。だけど、少し顔を見て、少し話をすれば、何となく思うことがある。それはきっと、何かのきっかけで、心にぽっかりと穴が空いてしまったんだ。そしてその穴を埋めるのに、必死なんだ。必死すぎて、焦っちゃって、間違えてしまったんだ。  だから僕は、飯田さんを呼び止める。 「飯田さん。こういうのはどうですか」 「え?」 「もういっそ、文房具に囲まれて働くんです。たとえば、まあ、ここみたいな?」 「ここ、みたいな」
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