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縮こまっていると、くっくっと笑う声が聞こえてきた。櫻子先輩の音が、直接体に伝わってくる。
「そっか、私、部活やってなかったけれど、これって部活だったんだ」
先輩が腕に力を込めた。ぎゅうぎゅうと強く抱きしめてくる。私の頭の上にわざと顎をつけて、ぶつけるように喋られる。
「あはは、うん、すごく腑に落ちた」
「ちょ、先輩、やめてください」
「んー? 何をー?」
「その、頭の上でがくがくするやつ」
「なーにぃーかーなぁー?」
頭頂部への振動が激しい。嬉しいけど、くすぐったくてたまらない。たまらず先輩の腕の中から抜け出す。
私をあっけなく解放した先輩が、勢い込んで言った。
「ね、いいこと思いついたの」
「なんです」
「名前つけない? 放課後クラブ、とか」
「……納得いきません」
「なぁーんでっ!」
先輩が楽しそうに笑う。私も笑う。ひとしきり笑ったあと、テストの振り返りを最後まで終わらせた。
教科書やプリントを鞄にしまう。鞄の内ポケットに手が当たる。充電器に収められたイヤフォンだった。
ポケットの上から、そっと撫でる。
今日、母は夜勤ではなかったはずだ。
疲れ切って大事なものを手放しちゃう前に、もう少しやれることがある。
母と話をしてみよう。
そんな気持ちが心の中に落ちてきた時だった。
櫻子先輩が囁いた。
「──ねえ、亜香里、歌って」
私は先輩に向き直った。こくり頷く。
息を吸い込む。
誰にも聞かせるつもりのなかった歌が、放課後の音楽室に、明るく響いていく。
【おわり】
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