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私は再度ペットボトルに手を伸ばした。右に、左に、先輩がペットボトルをもてあそぶ。
気恥ずかしさを振り切るため、私は、ペットボトルを掴む事にだけ集中する。が、全然うまく掴めない。
蝶のように舞う櫻子先輩に比べて、私はのろまでとろくさくて、こういうゲームともつかぬ遊びですら精彩を欠く。
体の奥からちりちりとした焦燥感が沸き上がってきた。
ぱっとしない自分を見られたくない。降参の合図を送りたい。でも、負けを認めたくはない。
ちぐはぐな気持ちが、ありきたりなセリフとなって口から零れる。
「か、返してくださいよ」
「あはは、かわいい」
楽しそうに笑う先輩が、やっとペットボトルを渡してくれた。
私は黙ってキャップをあけた。
冷たいお茶を喉の奥へと流し込む。
自分の内側に起こっていた何もかもを誤魔化したい。
「さ、戻ろうかな。ジャマしちゃったお詫びに、これ、あげる」
先輩が制服のポケットから何かを取り出した。
透明な包にはイヤーピース、つまり、イヤフォン本体の先端についているゴムがいくつか入っていた。
「えっ、いいんですか?」
「いいもなにも、消耗品でしょ?」
一カ月前、誕生日だから、とワイヤレスイヤフォンを貰った。庶民の耳がパニックを起こすくらい高音質なそれを、先輩は、ICカードのポイントでゲットしたと教えてくれた。
私も聞いてみたいな、などと言われて、一緒に曲を聞いた。同じタイミングでリズムを刻んだ直後、顔を見合わせて笑った。
ああ繋がってるんだ、と心が温かくなったあの瞬間、私は多分。
「今日は、誕生日じゃないですよ」
「わかってるよ?」
先輩が無邪気に首を傾げる。
もぞもぞとした気持ちが背中を駆け上ってくる。
おずおずと手を差し出した。イヤーピースを受け取る。綿あめみたいに、気持ちがふわふわ膨れていく。
「ありがとうございます」
「また一緒に曲聞こうね」
「だから、受験……」
「んー?」
先輩が流し目を送って寄越す。
曖昧な気持ちを誤魔化すように、私は、手の甲で口を拭った。制服のスカートに擦りつける。
ハンカチ使いなさいよと後ろで先輩が笑う。
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