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「ただいまー」
市営住宅の五階が、私の家だった。
女手一つで私を育てた母は、看護師をしている。夜勤勤めが多くて、忙しい。
家に、私大へ進学する余裕がないのはわかっていた。
だから、頑張って公立に行かなくてはならないのだけど、その公立でさえも、私の学力ではあやしい。
にもかかわらず、母はなるべく奨学金を借りたくないという。返済が大変なのは目に見えているから、と。学費の為にも、今働く、と宣言されている。お陰で、家で滅多に顔を合わせない。
冷蔵庫をあける。母の作ってくれたカレーが入っていた。温め直して、一人で晩御飯を食べる。
そろそろお正月が来ると思うと、気が滅入った。
今年の正月、私は母と一緒に田舎へ帰った。とても面倒だけど、母の立場もあるし、嫌々ながら参加した。
親戚が集まる中、私が褒められるたび、母はとても嬉しそうだった。母は、私が、進学校へ入ったことがとても自慢だったのだ。
──高校の中でも私学組と、国公立組に分けられるんだってね
──国公立組に入ったんだって?
──賢いほうなんだろう?
──偉いねぇ
母がにこにこ笑う。
私は、いいようのない感情と共にぼうっと母を眺める。
国公立進学クラスで私の成績はひたすら悪かった。けれど、私学進学クラスを含めると、学年の中ではまあまあ上に位置してしまうのだ。
間違ってはいない、でも、正しくもない。母はそういった事実を認識してはいるけれど、この場ではうまく気づかないようにしている。
一人、酒に酔ったおじさんが「花嫁修業はちゃんとしてますか?」と私に絡んできた。
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